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鳥取砂丘(1)
 もう10日も経つんだなあ。先日18日、19日と鳥取へ行ってきた。鳥取県出身のミキさん・寺西さん主催の『夜の鳥取砂丘の中心で詩を叫ぶ』というイベントに参加し、夜の砂丘で詩を叫んだ。本当に叫んだ。そのあと宿で飲んだ。風呂に入った。浴衣も着た。

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 鳥取へは、新幹線と特急で向かった。名古屋駅の新幹線用改札口でぼけっとしていたら長谷川さん・今井さんに出会った。おなじ号に乗るらしかったが、私は喫煙席だったのでそこで一旦お別れした。
 そういえば、新幹線のホームに入るのは初めてだった。いや、子供のころ2回ぐらい入ったことがある筈だが、その時のことは何も憶えていない。新幹線のホームは予想外に長かった。幅が狭くて、人がごたごたしていた。50メートル間隔で弁当屋や売店が並んでいた。なんだ、ここに弁当屋があったなら岐阜駅で慌ててパン買わなくてもよかったかな、と思った。
 喫煙席車両への乗込口のそばは、喫煙コーナーになっていた。背広のサラリーマンがたむろっていて、その中にひとり変な若者(私)が混じっている。なんか場違いな所に来てしまったかなあという気分がそわそわと肌を這っていった。新幹線が来て停まり、乗客が降りていく。家族連れや背広の男性に混じって、皮のブーツにギターにサングラスの3人組が降りていった。ああ、そうか、ここは名古屋でここは新幹線のプラットフォームだった、と気付いた。田舎人間まるだしだがそんな自分が純で可愛いと思えなくもない。

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 新幹線は速かった。車窓のスクロール速度が、快速電車の二倍だった(当社比、体感による)。都会を過ぎ、山を過ぎ、トンネルを抜け(急な気圧変化で耳の奥に圧迫感が発生し)、川を森を工場を学校を(体育祭をしていた)河川敷を(草野球の試合をやっていた)サッカー場を(少年サッカーをやっていた)過ぎていった。でもどれも視界にとどまっていたのは1秒間。あっというまだ。
 私は煙草をふかしながら、ぼんやり車窓を眺めていた(窓際の席だった)。山本直樹という漫画家の作品に──

「あの窓のひとつひとつに生活があるなんて、なんか不思議だ」

──というセリフがあったのを思い出す。私は、高いところに登った時や電車・バスなどで移動中に、よくこの言葉を思い出す。この言葉を思い出せる風景は好きだ。俯瞰をすると自分の小ささが実感される、美景が急にセンチメンタルに見えてくる。その感傷は好きだ。
 この日、さまざまなものが1秒で過ぎ去っていくなか、看板もろくに読み取れない車窓にあって、はっきりと見えたものがあった。ちょうど最盛の時期にあった彼岸花。その赤色はどこにあっても異様に目立った。川を渡れば土手に赤。畑を過ぎれば農道の脇に赤。墓地を過ぎれば隅に赤。
 この「流れ去る景色に彼岸花だけ異様に目立っていた」という状況は詩になるな、と思ったのでメモを取り構成を考えてみたが、うまくいかなかった。風景の羅列にしかならなかった。

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 そうこうしているうちに新幹線は新大阪に着いた。私は慌てて降り「時間がないんだ、乗り遅れたらどうするんだ、邪魔だー!」と前を歩く人の背中に念を放出しつつホームを移動した。慌てるほどの必要はなかった、10分近く時間を残してホームに着いた。階段を降りたすぐの乗車位置では女性3人がたむろっていた。私はポケットから切符を取り出し、自分の乗車位置を確かめるとちょうどここ、女性たちが並んでいるそこだった。まもなく特急「スーパーはくと」が到着、私は重いカバンを担ぎ上げて乗り込んだ。喫煙車両の指定席、窓側の席に座ると、先ほどの女性たちが自分の隣に座った。ああそうか、同じ車両なんだった。
 スーパーはくとでは、車両の前方の壁にモニターが取り付けられておりそこにずっと先頭車両からの映像が映し出されていた。私が乗った車両は最後尾だったので、モニターに鉄橋が映ってから実際に車窓に鉄橋が見えるまで、ややタイムラグがあった。列車って前後に長いんだなと実感した(あとどうでもいいのだが、壁にこの車両の車両番号が書かれてあり、それが「HOT7001」だった。縁起が良いのか悪いのか。不安と期待が交錯しなくもない)。
 乗車後、特急はびゅんびゅん普通駅を飛ばし大阪の都会らしい風景から離れて、新幹線で見てきたのと同じ、田舎の風景に入った。しばらくして(会話に「寺西さん」「鳥取砂丘」といった語が出てきたので)先ほどの女性3人も今回の『夜の鳥取砂丘の中心で詩を叫ぶ』の参加者だとわかった。カメさん、夏目さん、安田さん。私の隣が安田さんで、お互い煙草を吸いながらこまごまと話した。鳥取行きの4人が並ぶなんてすごい確率だとか、東京のイベントってどうだとか、ミキさんってどんな人だとか。「なんか砂丘に向かってるなんて信じられないな、変な感じだな」「私も」とか、車窓を見て「山ん中だ」とか、そんなあまり意味のない会話もした。言葉の切れがシャキシャキしていて、安田さんはえらくしっかりした人のようだった。私はその隣でコーヒー牛乳を飲んだり、岐阜駅で買ったチリドッグをカバンから出して食べケチャップがズボンに落ちそれを慌ててハンカチでふき取ったりした。これではまるきり都会人女性vs田舎のガキではないか、と思ったがそれは事実なので甘受すべし。
 会話も静まり、私はカバンから文庫本を取り出して読んだ。石丸元章の『KAMIKAZE神風』だ。黙々と読み進め、最終章に突入し感動し笑みながら次はエピローグ、というところでスーパーはくと(はくとは漢字だと白兎と書く)は鳥取駅に着いた。私はやむなく本を閉じて安田さんたちと列車を降りた。座席に座っていたときはまったく気付かなかったが、ホームに立つと、安田さんたち3人は私より背が低かった。女性なのだから当たり前なのだけれど、さっきは自分より高い目線で話している感じだった。少なからず驚いた。
 安田さんたちは夜のために買出しがあるということで、私たちはこの鳥取駅でお別れした。

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 鳥取駅は、改装前の岐阜駅に似た雰囲気だった。無意味に天井が高くて横に長く、売店や観光キャンペーンのブースが点在し、タイルは年季を感じさせ、小さなデパートが併設されている。曇っていたのでどちらが北か分からないが、とりあえず歩き出した。カバンから(あらかじめネットで調べプリントアウトしておいた)駅前の地図を取り出す。北口はこちらであっているらしい。

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 ……と。長くなりすぎたので今回はここまで。続きは後日。

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 それにしても、自分がここまで記憶しているなんて思わなかったな……。
2004-09-27
(c) Mitsuhiko WAKAHARA