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鳥取砂丘(2)
 鳥取駅北口を出てすぐに英会話学校のチラシを渡されかけた。貰ってもしょうがないので地図を両手で持ってパス。というかこんなモロに観光客な野郎にまで配らなくてもよかろうが、とは思ったがチラシ配りってそういうものだ。
 集合時間までまだだいぶある。そそくさと横断歩道を渡り左へ、駅の東へと向かう。そこからバスに乗り、鳥取市の北のほうにある「わらべ館」というオモチャ博物館に行ってみるつもりなのだ。私は博物館・展示のたぐいは何でも大好きだ。
 バスターミナルを目指して歩いていると、ボディに梨のマスコットがプリントされた小型バスが止まっていた。市内を巡回している100円バスだ。「わらべ館」にはこのバスに乗っても行けるのだが、これだと帰り道が遠回りになり不安がある。私が乗ろうとしているバスは市内巡回ではない普通の定期のバスだ。
 バスを見ていた私のところへ、作業着を着て台車を押した初老の男性が近づいてきた。「それ、元からあったのかね?」「え?」と見ると、私の背後の生垣に飲みかけのペットボトルが置きざられていた。「はい、私のじゃないです」と男性に手渡す。男性はポイとゴミをワゴンに入れ、立ち去っていった。なんだか新しい土地に試されているような、妙な気分だ。私は背筋を伸ばし、東のバスターミナルへと歩いた。

   *

 ターミナルの建物に入ろうとすると、入口付近で男女が喧嘩をしていた。女性が男性を「しっかりしてよ」「ちゃんとしてよ」「そんなだから……」と問い詰めている。男性は女性の顔は見ず、敷石に目を落としてフラフラ立っている。話から逃げたくもないが(逃げられないが?)話を受け止める気もなく、ただ時間だけが過ぎていく。そんな状態らしい。鳥取到着早々、こんなものが見られるとは思わなかった。でも観察し続けるのは迷惑だろう。私は二人を無視して建物に入った。
 壁にかかっていた路線表と時刻表をチェックする。わらべ館へ行くバスを調べ、自分の調査ミスに気付いた。わらべ館を通る路線自体は30分に1本あるが、わらべ館前のバス停で停まるバスはそのごく一部だった。そのバスを待ち乗ってしまうと、集合時間に間に合わない。わらべ館には行けない、そう判断し諦めて、私は建物を出た。
 再び入口に立つと、あれから10分以上経つというのにまだ男女が喧嘩を続けていた。これも何かの縁かもしれない、と見届けたくなったが、よそ者が浮かれてそんな事するべきじゃないと思い直し、とりあえずその場を離れた。

   *

 わらべ館には行けない。さてどうしたものかと地図を見直すと、鳥取駅から歩いて行ける距離に民芸品の展示館があるらしい。面白いかどうだか怪しいところだが、とりあえず行ってみようと地下道を通り交差点の向こう側に出る。地下道を上がったところのカバン屋で、スカートの短い女子高生が品物をつっついていた。「地下道からだとスカートのアングルが危険なんですけど」と思い、かつ「なぜ俺がその責任を感じなければならないのか」と不条理な焦りに駆られた。そんなことは岐阜でも名古屋でもしょっちゅうなのだが、にしても鳥取のファーストインプレッションが雲行き怪しくなりつつあるこの現状はどう打破すべきか。
 その後、アーケードの商店街を抜けてくてくと地図を見ながら歩いたのだが、民芸品の展示上は見つからなかった。どう見てもこのビルなんだけど、という場所が二箇所あったのだがそのどちらでもなかった。そもそも候補が二箇所あるという時点で間違っているのだが今さらそんなことを言われても困る。
 結局、市内の北のほうを少しぐるっと回って鳥取駅前に戻った。途中、整地された川辺の歩道に女性のブロンズ像が点在している所を通った。また、寺の前で着物を着た女性がレフ板で照らされ写真撮影している現場も見た。バットとグローブを持って自転車に乗った小学生3人組も見た。土曜の午後だが、車はほどほどに少なかった。並んでいる店はどれもおしゃれな雰囲気だった。菓子素材専門店とか、お茶屋さんとか、帽子屋さんとか、食器屋さんとか、金物屋さんとか、おしゃれな専門店が多かったように思う。大垣や名古屋の商店街は欲望に率直に「なんでも屋」や「流行屋」が並んでいるが、鳥取市は落ち着いた専門職のお店が多かった。静かで上品な町並みだった。

   *

 さておき、鳥取駅前に戻ってしまった。途中にあったゲームセンターに行こうかとも考えたが、鳥取まで来てゲーセンに入ってシューティングをして3面で死んで、なんて凄くダメっぽい。自分で自分に却下した。
 とりあえず、駅前にあったデパートに入ってみた。デパートというのは意外とその土地柄をよく反映している建物だ。面白いものが見つかるかもしれない。入って案内板を見ると「2F ミッシィー・ミセスのファッションフロア」とあったのが気になった。「ミッシィー」なんて言葉は今まで聞いたことがない。とりあえずデジカメで撮ってみた。相当ヒマだったのだろう、もしくは歩き疲れて脳みそが飽和状態だったのだな(ちなみに帰って「goo辞書」で調べてみると「ミッシィー」は「お嬢さん」という意味だった。ほう)。
 案内板を見るに、このデパートには屋上があるらしい。屋上に入れるかどうかはわからないが、涼しく見晴らしのいいところで休むのも良さそうだ。エレベーターで屋上に出た。
 夏はこの屋上でビヤホールが開催されてもいるらしいが、それにしても今はさびれている。だいたい予想はしていたがまのあたりにしてしまうとどうしていいのか分からない。とりあえずベンチに腰を下ろしぼんやりと煙草を吸う。山がでかいな、などと思いながら3本ぐらい吸った。鉄柵に近づいて、鳥取駅や鳥取駅前を俯瞰した写真を撮ってみたりもした。
 屋上の端には遊具が並んでいた。100円を入れると音と光を発しながら揺れるのであろう。1000円ほど使って全部いっぺんに動かしたらさぞかし面白かろうと思ったが、私は大人なのでそんなことはしない。財力に任せて遊具をいっぺんに動かしてみるだなんてそんな、あなた。馬鹿にするのもいい加減になさいな。

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 ほどなくして、デパートを出た。駅の北側を一周し、屋上から風景を見ていて気付いたのだ。駅の南側へ行ってみようと。私は歩き出した。
 駅ビルを通り過ぎる時、無印良品の店を発見した。これはいい、と立ち寄り店内を一周してみたが、よくよく考えると買うものなどない。マシュマロが相変わらずおいしそうではあるが、ここでマシュマロを買いどこかに座ってモクモク食べるというのもかなり破滅的であるのでそれは避けたい。棚を見ていると、プルーンのジュースがあった。私はレーズンが好きな人なので、これは美味しいかもしれない。歩き疲れて、ちょっと甘く冷たい物がほしい所だし。買って店を出た。
 そして駅の南側に立った訳だが、だいたいどこの駅でもそうであるように、一方が「繁華街」という場合、もう一方は「普通の駅前」だ。南口は英会話学校のビルがあるような「普通の駅前」だった。これはいよいよ手詰まりの感がするがとにかく移動すれば何か見つかるかもしれない。
 しばらく歩くと、鳥取駅の高架下で北口に通じている部分があった。その先に時計台が見えた。時計台の上には、何人もの少年少女が手に鳥を持っていろんなポーズをしているブロンズ像が立っていた。これはどういうメッセージがあるのだろう。鳥や飛翔といった希望的なイメージよりも、少年少女が崖から落っこちそうな危ないイメージがする。鳥はいいから逃げろ少年。そんな感じだ。
 私が時計台を見てぼーっとしていると、私の立っているほうに自転車に乗った女の子が近付き通り過ぎていった。何がどうという訳でなく目で追っていると、スカートからパンツが見えた。「これじゃ丸っきり阿呆で変態さんじゃないか」と嬉しいんだか虚しいんだか、いよいよもって雲行きは怪しい。このままここで時計を眺めて時を過ごすなんて切な過ぎる。私はカバンを拾い上げ、また移動することにした。

   *

 高架下を通って駅の南側に戻る。周囲に案内板を探すと、こぢんまりした建物の前に非常災害用の避難地をしめす地図があった。それを見るにここからすぐのところに何やら公園があるらしい。「因幡の白兎」を表した銅像が立っている脇を通り、小さな川の横をとにかく歩く。川には、なぜか水がなかった。
 歩道はきれいに舗装されていた。点々と街灯が立っているが、街灯の下に何か白いマークがついている。なんだろうとよく見るとウサギだった。これも因幡の白兎にかけてのことなのだろう。しかし「節電中 鳥取市」というシールが貼られているが、これは必要なんだろうか。単に消灯すればそれでいいじゃないか、わざわざ節電中と説明しなくてもいいじゃないか、こっちが悲しくなるじゃないか。旅人の勝手な意見を市政に念じてみた。

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 意外とすぐ公園に着いた。正式な名称は『鳥取鉄道記念物公園』。レールや駅舎、表示灯などが配置されていた。ほんの小さな公園だが、ベンチに座るとブランコと駅舎が同時に視界に映る。なんだかシュールな印象だ。ああ、もう移動するのにも飽きたしここでmp3でも聴いてようかな、という気になった。
 おおそうだ、これがあった、とずっと持っていたプルーンの缶ジュースを開けた。ゴクリと一口飲んで顔をしかめた。なんだこれは。缶に書かれた文字を読み直すと、これは100%ジュースだった。口当たりが良くない、ただのプルーンの濃縮エキスだ。飲めなくはないが、気分がサッパリとはならない。しかも「プルーンには整腸作用があります。大量に摂取するとお腹がゆるくなる可能性があります。赤ちゃんに与える場合は量に注意して下さい」などと書かれていた。なんだかどんどん自分をピンチに追い込んでいるような気がする。鳥取まで来て下痢になってどうするのだ。
 事態を自嘲しながら(自嘲するしかなかったのでそうしながら)プルーンのジュースを飲み干した。公園の隅のゴミ箱に空き缶を捨て、甘さと酸味と苦味が喧嘩中の口を水道で洗う。雨がパラパラと降り出した。遊具で遊んでいた子供たちは祖父らしき老人といっしょに帰っていった。私は屋根のあるベンチに移り、雨音を聴きながら読みかけだった文庫本『KAMIKAZE神風』を開いた。エピローグ、後書き、解説を読み、一気に気分は晴れた。本というのは良いものだ、気持ちを変えてくれる。特に旅先でする読書というのはいい、家で読むよりリズムよく読める。なぜだろう。きっと気持ちがほぐれて視点がニュートラルになっているんだな。どんな情報でも素直に入ってくる。ああ、いいことだ。雨だ。

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 もうそろそろ時間だな、と公園を出て駅へと歩き出した。雨が降っていたがまだ小雨だ。気にすることはない。
 途中、川の橋を私の方へ渡ってきたバスがあった。へんなナンバープレートつけてるな、と思ったら航空自衛隊のバスだった。なんでこんなところにそんなものが。なんだか男女の喧嘩といいミッシィーといいパンツといい、鳥取へ着いてから変なものばかり見ている気がするが、気のせいなんだろうか。
 駅の南側に、たむろっている若者の集団があった。大人しさと奇抜さの両面の雰囲気が出ている。間違いない、詩人連中だ。声をかけ若原だと名乗った。詩人の目から詩人ビームがしゅばばばばっと赤く爆ぜ歩道のタイルを焦がした。私はとっさに身を避わし、雨で塗れた歩道の上を転がる。数の上ではこちらが圧倒的に不利だ、囲まれる前に逃げ道を作らなければならない。身長3メートルはある詩人が右から鉄球を振り下ろしてきた。放物線の軌道を読み、私はかがんで回避する。そこに右手がドリルになった詩人が突進してきた。私はカバンからコンソールを抜き出すと、コマンドを入力して一目散に逃げた。カバンが8つに分裂し空中に浮かぶ。カバン達は蜂のようにブンブンとうなりながらドリル詩人を取り囲んだ。一瞬ドリル詩人は怯えた表情を見せたが、カバン達から放出された光がその像をかき消した。

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 最後のあたりはフィクションです。書き疲れたんですよ、このぐらいの遊びは許して下さい。そんなわけで、次回に続く。
2004-09-28
(c) Mitsuhiko WAKAHARA