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イヌガミ
H こんにちはカバラさん。
W こんちは。
H あなたの国選弁護人に決まりましたヤシモトです。
W あんたが。どうも。
H 公判まで日がありません。さっそく本題に入ります。事実確認と打ち合わせを。
W ちょっと待ったその前に。あんた国選弁護人だよな?
H そうです。
W 国選弁護人ってのは裁判終わったあと俺が金はらうのか?
H そうです。
W やっぱそうなのか。
H クライアントに支払能力のない場合は国が立て替えることもありますが。
W ……。
H こう言っては何ですが……国選弁護人に偏見をお持ちですか。
W まあねえ。
H 国選でも立派な仕事をされてる方は大勢いらっしゃいます。確かに中にはおかしな方もいらっしゃいますが、大部分は私のような人間です。
W 俺はあんたがどんな人間か知らんし。まあいいんだけどさ。
H そうですか。……。時間がない。裁判の作戦を立てましょう。
W いいよ。
H どんな裁判も被告側の作戦はふたつにひとつです。無罪を主張してそれを認めさせるか、罪を認めて減刑を模索するか。あなたのケースでは後者に当たります。罪を認め、罪を犯したとしても不思議ではない環境があったということを判事に理解させます。よろしいですか。
W ……。悪い。もういちど説明してくれるか。俺は後者で、なに?
H 罪に走らざるを得ない状況があったということを説明します。
W 状況があったから罪人になっても仕方なかったと?
H そうです。
W 罪は罪じゃねえのか? 状況的に軽くなったり重くなったりすんのか?
H します。そういう判例もありました。親の介護に疲れた、独身で障害者の中年男性が、親を殺害した事件、その裁判では、殺人では異例の情状酌量がなされました。
W そらつまり親ころしてもしょうがねえって国が認めたってことか?
H 国政府は認めていません。裁判所がです。
W 法がだろ。同じことだよ。
H 原点的にはそうでしょうが立法・司法・行政ではスタンスが違います。
W だな。……。俺は認めてもらえるかね?
H あなたの何を。
W 罪人になっても仕方ない善人だって。
H 難しいかもしれませんね。あなたの場合は動物虐待ですから。
W なんで親殺しだと良くて犬殺しだと駄目なんだよ。おかしくねえか。
H それはケースバイケースですよ。
W なんだよそれ。
H どうして犬なんか殺したんですか?
W なんでなんだろうね? まあ……あれだよ、事故だよ(カラ笑い)
H 事故じゃないでしょう。調書は読みました。野良犬9匹を、次々に角材で撲殺したそうですね。どういうつもりだったんですか?
W んー。なんていうのかな、1匹目の相手してた途中で「ああこのままだとこいつ死ぬな」とは気づいたけどね。だからって何をどうする気にもならなかったな。
H 気づいたのならそこで辞めればよかったじゃないですか。
W 手足が折れて眼つぶされて片耳ちぎれかけの犬だぞ? 生かしといてもしょうがないだろ。死ねば土に帰るけどさ。
H ひどい。
W なにが。犬がか。それを殺した俺がか。犬を土に返す大自然がか。
H ……。
W ……。
H 反省はしてないんですか。
W 反省って何だよ。悪いことしたつもりはないよ。
H 罪の自覚はないんですか。
W いいことしたつもりもないけどさあ。そりゃあ。
H ……。どうして犬を殺そうなんて思ったんですか。
W さっき言ったじゃない。事故だよ。殺そうってつもりはなかったよ。
H じゃあ殺さなきゃいいじゃないですか。
W そうそこなんだよねえ……。
H 犬を殴った角材はどうしたんですか?
W 捨てたよ。犬どもの死骸のとこに。
H そうではなくで。どこで手に入れたんですか? まさか毎日もち歩いてた訳じゃないでしょ。
W 持ち歩いてたよ?
H えっ。
W 嘘だよ。んな訳あるか。
H ……。
W 拾ったんだよ。道に転がってた。
H ……。
W 河川敷の端っこに車止めのクイが並んでるんだけど。そこに犬が9匹ビニール紐でつながれてたのよ。
H ……。
W 俺あそこ帰り道でね。毎日通るんだけど。いつ通っても1本のクイに1匹ずつ、9匹あそこに並んでんだよねえ。最初だれかが飼ってんだと思ってたよ。んまぁあたりに家なんてないけどさ、ホームレスだか純情な小学生だかなんかがこう、エサ運んでこっそり飼ってんだろうと思ってたんだよ。
H ……。
W でも犬どもがそこに現れて半月ほどたって、あきらかに痩せてきてるんだよな。アバラが浮いてきて眼がうつろでそのくせ俺が通りかかるともう親の仇かって勢いで鳴くんだよ。声なんか枯れて出やしないのにねえ、なんだ、「ドーッ・ドーッ・ドーッ」って感じで戦闘モードでおめー何がしてえんだって話だよ。
H ……。
W で気付いたんだけどさあ。俺その道とおっててひとに会ったことないのね。辺りに住宅があるわけでもないし、車は入れないし、俺しか通んねえんだよその道。じゃああの犬どもどうにかすんのは俺の仕事かよ。って。
H ……。
W ……。
H ……だから殴り殺したんですか。
W ちげーよ。俺ん家じゃ飼えないし、とりあえずヒモ解いて逃がしてやろうとしたんだよ。で、はじっこの1匹に近づいたら、なに血迷ったかそいつ俺の太ももに喰らいついてさあ。とっさに目潰しくれてやったら、その死にぞこないの犬がだよ、とんでもねえ馬鹿力でかみ締めてきやがって。そんだけの力があんなら自分達でヒモ切って逃げやがれってんだよな。首つかんで耳ひねったら噛む力が弱まったんで、ひっぺがして蹴りくれて落ちてた角材でボコボコにしてやった。
H 正当防衛だって言いたいんですか?
W そうだよ。あんなもん死んで当然だ。
H あなた……まあその1匹は正当防衛でもいいでしょう。あとの8匹はどうして殺したんです。
W そこがよくわかんねえんだよ自分にも。
H そちらのほうが裁判の争点になりますよ。
W まあ1匹も9匹も同じだろう。全部なんの役にも多々ねえバカ犬だったんだよ。
H だからって殺しますか普通。
W 1匹目があんだけのバカだったんだ、残り8匹も同じだよ。あんなもん死んで当然だ。だいたい放っといたって死んだぜ?
H あなたどうして起訴されてるかわかってますか?
W たまたまその現場を通りかかったクチさがねえババアが居たからだよあの日に限ってな! あのババアが噛まれてりゃよかったんだ。夜中に忍び込んで俺が噛んでやろうか。
(c) Mitsuhiko WAKAHARA