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短詩・未詩 未整理17
『イエロー』
 
強くあろうとする少年が
強くなろうとするあまりに
泣いたことを隠す
洗面台
 
やさしくありたいと思う教師が
やさしくなろうとして
ゆっくりと開く
玄関
 
きれいでいたいと思う主婦が
きれいであろうとするために
肌着を干していく
 
門の外を
子供の行列が学校へ向かっていく
おそろいの黄色い帽子をかぶり
先頭の者は小旗を振って
この町の子供たちが
全員
一箇所を目指していく
 
夢をかなえるという少女が
夢をかなえようとするあまり
一度だけ振り向いた
家を
『ぞんびー』
 
感動したくなったので
いたく
感動したくなったので
たまねぎを珠玉色に茹でるとか
おべんとうを作るとか
それもいいけど料理苦手だし
もっとイージーに単純に
感動したくなったので
いたく
感動したくなったので
 
とりあえず死んだことにしてみた
私はもう死んでいる
もう死んでいるぞおお!
あたたたたたたた
と言いながら
ひとまず茶漬けを食う
死んでいるぞ私はいま死んでいるのだぞお
しかし茶漬けが食えるのだぞお
と言いながら皿も洗う
 
そしてなおかつネットを見る
死んでいる死んでいるのに手が動く
死んでいるのに画像を保存する
あらぬ部分も動くがそれはまた別の話
死んでいるのに魔法のようだぞ私
と死人の家の電話が鳴る
そらきたほいきた
くると思ったついにきた
死んでいるのに電話に出るぞお
はいはいもしもし先日は
うんぬんかんぬんええはいはい
死んでいることに全く気づかれないぞお
悟られはしないかと
みょうに緊張してしまうぞ
死んでいるのに心臓バクバク
悟られていないようなので
ちょっと残念でもあるぞ
でも誰にも教えてやらんぞ
死んでいるとは思えない元気さで応答するぞ
し続けるぞ死んでますます元気だぞ
ぬわははは愉快だ愉快だぞお
死んでいるのに生きているかのようだぞお
 
でも生きているかのように
あした起きなきゃいけないし
出かけなきゃいけないので
それ考えたらめんどくさくなってきたぞ
死んでいるのにめんどくさいぞ
もうこんな仕事は嫌になったので
つくづく自分にゃ向いてねえと思い知ったので
来月ズバッと辞職して
バンクーバーにでも旅立って
パール・クーパーに会って
ゆくゆくはパン食うババアになろうと思っとる
 
すごいね よくわかんないけど
 
うおい ちょっと何うなづいてんだ
納得してないでそこは聞けや
パール・クーパーって誰だって聞けや
おま適当な相槌うつなや
 
じゃ 誰なの
 
っていまさら言うなや
もう遅いんじゃ
駄目なんじゃ終わりなんじゃ
言い出しにくかろうが
ごめん いま適当に作った
とは言えない雰囲気になっちまっとろうが
風呂上り
冷蔵庫から
冷えたおっぱいを取り出して
揉む
ナイターを見ながら
揉む
 
夏だなあ
夏はこれに限る
あっ松井
またホームラン打ちやがった
同級生の男に久しぶりに会ったら
「やー、俺もとうとうしっぽが生えたよ」
と言われた
ヒモ付きの身分になった
って意味かなと思いとりあえず
おめでとう と言っておいた
相手はニカニカ笑いながら
「ありがと」とそして
「どんなしっぽになるか楽しみだよ」と言った
ははあ 子供が生まれたってことか
そう思って私は 名前は? と訊ねた
 
彼の表情が凍りついた
「名前?」
子供の名前
「は?」
結婚して子供できたんでしょ?
「だれが言ってたのそんなこと」
目が怖い
聞いちゃまずいことだったんだろうか
でも言ったのは目の前の本人だ
「だれが言ったんだよそんな根も葉もない」
いや いま自分がふと思っただけ
「なにその山カン。変わらねーなお前」
彼が笑顔に戻った
「どういうカマかけだよ。心臓に悪ぃわ」
くっくっくっ と笑った
何だかわからないが私も笑っておいた
あはははは やっぱそうかなぁー たははー
 
妙な間が開いて
相手の表情がまた凍りついた
「もしかしてお前」
なに?
「しっぽ知らねえのか?」
え?
「しっぽだよしっぽ」
しっぽ? 何のしっぽ?
「そういうことか。そういえばお前んち」
なに? 何がそういうことなんだ
「授業参観に親きてなかったな」
そういえば そうだったな
「」
それがなんだよ?
「あばよ」
 
パッ と彼の姿が消えた
たたたたたっ と何かの足音が聞こえた
魂をにぎりしめて窓口へ走って
これで買えるだけの
人生を下さいと言うんだ
やさしい人から消えていく場所で
最後まで残った一人になりな
 
獣の真ん中を歩いていけ
どこまでも無害で
全く有毒な
喰うにも殺すにも値しない者
今はただそう呼んでおこう
喰うにも殺すにも値しない者
もう一度自分をよく見た方がいい
お前はどこも傷ついちゃいない
ノミで彫られヤスリをかけられ
今は少し熱っぽいだけだ
 
ああ俺達はみんな
間違った名前で呼び合うしかない
風に問えば風は言うだろう今日だと
海に問えば海も言うだろう今日ですと
なにが今日なんだと問えば
黙られてしまうだろう
買いませんか
お買いになりませんか
お花はいかがですかと言う
むき出しの性器をぼくは拒否する
 
外国の話ではない
修学旅行で沖縄へ行った
バスガイドは可愛らしく
ぼくと変わらない歳だった
彼女は言った
ひめゆりの塔の前で
顕花が売られていますが
買わないで下さいね
理由を聞く間もなくバスは着いた
 
買いませんか
お花はいかがですか
おにいさんお花はどうですか
どうですかそちらのおにいさんもどうですか
要らない
みやげもの見てってよ
この先買う所ないよ
いま買えばあとで慌てなくていいよ
要らない
Tシャツあるよ
こんなのどうよおにいさん
ここでしか売ってないよ似合うと思うよ
要らない要らない要らない
むき出しの笑顔をぼくは拒否し続けた
(c) Mitsuhiko WAKAHARA