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ラルフについて
ラルフ。
ぼくはいまきみに手紙を書いている。
きみはどこでこの手紙を読むだろう。
あるいは読まないだろう。
 
ラルフ。
ぼくときみが出会ったのは、
小学校3〜4年ごろの夏だった。
暑くて、蝉がやかましく鳴いていた。
 
ラルフ。
きみはとても無口だった。
必要なときには必要なことを話したけれど。
たいていの場合、何も言わず動作で示すだけだった。
 
ぼくたちはいつも一緒だった。
いつも一緒に遊びまわっていた。
見知った場所をずっとうろうろしていた。
自力で帰れないぐらい遠くまで行った。
一歩ごとに立ち止まって悩んだりもした。
草一本、樹一本、石一個まで確かめてみたりした。
新しいものを探そうとした。
取り残したものを拾おうとした。
どこかに通じる、魔法の扉を求めていた。
 
ラルフ。
きみは自分では何も決められなかった。
ほとんどのことはぼくが決めた。
ぼくはきみに促されていた。
きみはぼくに委ねていた。
ラルフ。
ぼくたちはいつも一緒だった。
ぼくときみの意見は同じだった。
ぼくたちは同じ体験をしてきた。
 
ラルフ
 
ラルフ
 
ラルフ
 
ラルフは死んでしまった。
ラルフは失敗した。
ラルフはいつも正しいとは限らなかった。
ラルフは間違うこともあった。
ラルフは生き返った。
ラルフは強かった。
ラルフは弱かった。
ラルフは優しかった。
ラルフは静かだった。
ラルフには風がよく似合った。
立っているのがよく似合った。
いつも遠くを見ていた気がする。
あるいはうまく先が見通せないで、
苛立ったり怯えたりしていた気がする。
ラルフはいつも淋しそうだった。
誰といるときでもひとりだった。
ラルフには特別な何かがあった。
同時に、特別であることの不幸もあった。
ラルフはどんな時でも、どう見えても、ラルフだった。
遠い目をした、ラルフだった。
 
ラルフ。
きみはいつも迷っていた。
ぼくもいつも迷っていた。
ぼくたちはお互いを連れて行こうとした。
魔法の扉へ。どこかへ。
 
ぼくたちはいつも一緒だった。
ぼくにはきみが必要だったし、ラルフにはぼくが必要だった。
でも本当は、きみには何も必要なかったのかもしれない。
ラルフ。
ぼくにはラルフが必要だった。
ぼくはラルフを見つけることができて本当に良かった。
ぼくはラルフから多くを得た。
 
ラルフ。
今でもぼくがきみを特別だと思っているのは、
きみが限りなくフェアだからだ。
ラルフ。
完全にフェアな関係というのは、
誰と誰の間にも存在しないんだ。
でもきみとぼくはお互いにフェアでいられた。
それはとても大事なことなんだ。
ラルフ。
 
もしぼくが無力なとき、
頼るものがないとき、
だれも助けに来てくれないとき、
ぼくが思い浮かべるのはきみのことだろう。
 
ぼくが知っているのはラルフのことだけだ。
ぼくに書けるのはラルフのことだけだ。
ぼくが目指すのは、
見たいのは、
願うのは、
ラルフのことだけだ。
 
ラルフ。
ぼくはラルフじゃない。
ラルフはぼくだ。
ラルフたちはぼくじゃない。
ぼくたちはラルフだ。
(c) Mitsuhiko WAKAHARA