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本当の神様の話をしよう
被告人
そこに立ちなさい
これから大事な話をします
でもその前に
 
本当の神様の話をしましょう
聞きたくなければ聞かなければいいし
信じたくなければ信じなければいい
 
   *
 
ある作家が
ある彫刻家に訊ねました
どうやったらこんな像が彫れるのですか
彫刻家は答えました
わたしが彫っているのではありません
わたしはこの樹に埋まっている像を取り出しているだけです
 
私は嘘つきです
私の言うことはすべて嘘です
私は嘘つきです
 
   *
 
被告人
あなたのことですよ
話をしましょう
 
小狭ましい病院の待合室で
本当の神様の話をしましょう
平日の喫茶店の窓際の席で
本当の神様の話をしましょう
団地の坂道の途中で
公衆トイレの入口で
結婚式場で
ヤクザ事務所で
ビュッフェで
会議室で
観覧車で
本当の神様の話をしましょう
 
別に怪しくはありません
布教とか勧誘とかそんなんじゃありません
あなたを変えようなどとは思っていません
ただちょっと
話をしましょう
せっかくですから
聞きなさい
 
   *
 
円という形は実在しません
それは概念にすぎません
すべての図形は必ずどこかが歪んでいます
筆をおいた染みがあって筆を離したかすれがある
完全な円というのは
数学上の概念にすぎません
 
風が吹きました
でも扉は開きません
猫が爪を立てました
でも扉は開きません
人間がノブを回しそれを引くと扉は開きました
扉を開ける方法自体が扉の鍵になっています
つまり全ての扉には必ず鍵がかかっています
 
手は手でなければ洗えません
 
   *
 
ガンジス川で
図書館で
ミステリーサークルで
本当の神様の話をしましょう
サグラダファミリアで
ラスコー洞窟で
マチュピチュで
本当の神様の話をしましょう
ストーンヘンジで
ヒューストンで
ミールで
あなたなに財布なんか出してんですか
あなたなに服なんか脱いでんですか
森で
岬で
砂漠で
海で
停留所でケーキ屋で工場で
ダイナーで床屋でエアロックで
なにメモなんか取ってんですか
なんで自己紹介が要るんですか
ちょっとテレビ消して下さい
いや消さなくてもいいですけど見ないで下さい
いや見てもいいですけど
スタッフルームで
タラップで
モルグで
海底で
国会で
屋上で
焼却炉で
本当の神様の話をしましょう
窓の外に何か見えるんですか
他人がどうしたって言うんですか
私が怖いんですか
あなた弱いんですか
さっきからなに勘違いしてんですか
私は話がしたいんだ
 
本当の神様の話をしましょう
聞きたくなければ聞かなければいいし
信じたくなければ信じなければいい
 
   *
 
貧しい旅人が森で焚き火をしていました
森の動物たちが集まってきて旅人に果物や山菜を差し出しました
しかし兎だけが何も持っていませんでした
では、これを
と言って兎は
焚き火に飛び込みその身をあぶりました
 
輪郭だけを描いても絵は絵
影だけを描いても絵は絵
色だけを描いても、距離だけを描いても、絵は絵です
そしてそれら全てを描き込んでも、絵は絵以上のものにはなりません
 
箱があります
何も入っていません
エネルギーが満ちています
真空
何も光らず
何も聞こえず
何も起きません
何かは
何かが何かにぶつかって生まれます
 
海は
巨大な
一滴です
 
   *
 
被告人
いつか必要になるかもしれません
必要ないかもしれません
本当の神様の話をしましょう
こんな日だからこそ
あんな日ではないからこそ
本当の神様の話をしましょう
 
五分下さい
あなたを変えようなんて思っちゃいません
たった五分であなたの人生がどうかなったりしますか
 
しますね
人は
簡単なことで死ぬ
本当に
本当の
神様の話をしましょう
 
わたしはこの樹に埋まっている像を取り出しているだけです
 
私は嘘つきです
 
筆をおいた染みがあって筆を離したかすれがある
円というのは概念にすぎない
 
全ての扉には必ず鍵がかかっています
 
手は手でなければ洗えません
 
焚き火に飛び込みその身をあぶった
 
全てを描き込んでも絵は絵以上にはなりません
 
真空
何かは
何かが何かにぶつかって生まれる
 
海は
巨大な
一滴
です
 
   *
 
被告人
背すじを伸ばしなさい
しっかりしなさい
 
判決
被告人を
無罪に処す
 
無罪
に処す
 
おめでとう
 
詳しくは
歩きながら話しましょう
(c) Mitsuhiko WAKAHARA