トップページ ≫ 朗読作 ≫ カブト焼き
カブト焼き
「ただいまー……だあああああ?!」
家に帰ると猿がいた。茶の間に座ってテレビを見ている。「なにこの猿は?!」母に訊ねると、よくわからないのだと言う。母が帰宅したとき既に茶の間にこの猿がいたらしい。なんで追い出さないの。だって怖いやないの。方法あるでしょホウキで叩くとか殺虫剤まくとか。殺虫剤じゃ猿は死なないよ。別に殺さなくていいんだよ。
 
猿はテレビを見ながら体を左右にゆすっている。画面に映っているのはニュース映像で、またどこかで暗い事件があったとか言っている。猿がうれしそうにキャッキャッと鳴いた。
 
どうすんのこれ、なんかすっかりくつろいでるよ。んん、猿って意外とおとなしいんやねえ。いや感心してないで追い出そうよ。でもなにも悪いことはしとらんしねえ。ちょっともしかしてこのまま飼う気? 嫌やよ怖いし。だったらなんとかしようよ。
 
と。とつぜん猿が腰を上げた。四つんばいになり、四本足でひょこひょこと廊下へ出て行く。急にどうしたんだろう。わからん。おそるおそる私たちも廊下へ出てみたが、そこに猿は居なかった。茶の間に戻ったが、やっぱり居ない。トイレから押入れまで全部さがしてみたが、どこにも居ない。
 
なんかわからんけど解決したねえ。どっかから逃げたんかね。たぶん。なんやったんやろうねえ。わからん。
 
   *
 
それから三年後。この島は猿だらけになってしまった。我が家から逃げた猿が、どこかで繁殖したらしい。田畑を荒らされる、洗濯物を盗まれるなんてのは日常茶飯事で、道で車にひかれた猿を見ることも少なくない。小学生はみんな防犯ブザーを所持し、集団で登下校している。島全体が猿に猿ジャックされてしまっている。
 
去年の暮れ、議会である法案が通った。増えすぎた猿は食べてしうに限るということで、猿が含まれる食品からは消費税がとられないことになった。今では、ソーセージからビスケットまで、ほとんどの食品に猿が使われている。俺はカブト焼きが一番好きだ。
(c) Mitsuhiko WAKAHARA