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桃太郎
むかしむかしある所におじいさんとおばあさんが居ました
おじいさんはエベレストへ柴刈りに、
おばあさんはアマゾン川へ洗濯にいきました
おばあさんが、川で洗濯をしていると、
川上から大きなワニが《どんぶらこ・どんぶらこ》と流れてきました
《まあ、なんて大きなワニなんでしょう》
おばあさんはそのワニをおじいさんと食べようと思って、
棍棒で叩いて気絶させて、クール宅急便で家に送りました
一方のおじいさんは、エベレストに登る途中で吹雪に遭っていました
食料も燃料も底を尽き今はただただ助けを待つのみです
《抱き合って肌を温めよう》とパートナーの八っつぁんがいいました
その後のことは、おじいさんの名誉のために伏せておきます
そのころおばあさんはタライに乗って家に帰ってきたところでした
おばあさんが《がらがらがら》っと玄関を開けると、
家の中ではワニが子を産み繁殖していました
おばあさんは一匹目を桃太郎、二匹目を金太郎、三匹目を浦島太郎と名づけ、
四匹目を山田太郎、五匹目を岡本太郎、六匹目をウルトラマン太郎と名づけました
そのころおじいさんはなんとか山から下山したところでした
通りすがりのバットマンがふもとまで送ってくれたのです
おじいさんはバットマンとバットモービルにお礼をしたいと思ったのですが、
何もあげられるものを持っていませんでした
そこでおじいさんは八っつぁんにいいました
《八っつぁん、バットマンに貰われてくれないか》
バットマンは《ハッハッハアアッッ》と笑いました《ユアクレイジー・ノーサンキュー》
三人は大いに笑いました
そのころおばあさんはまだワニに名前をつけていました
二十七匹目をゴウタマシッダール太郎、二十八匹目を高村光太郎、
二十九匹目をサラリーマン金太郎、三十匹目をタンタンたぬきの金太郎、
三十一匹目をサーティーワン太郎、三十二匹目を三十二太郎、
三十三匹目を三十三太郎と名づけました
おばあさんを責めてはいけません
おばあさんは、その時まだ若かったのです
そのころおじいさんはなやんでいました
登山に失敗したとはいえ、
おばあさんに焚き木を持って帰らなければならないのです
おじいさんはふもとの村で焚き木を買いました
お金は八っつぁんに吐き出させました
しかし問題がありました
バットマンが降ろしてくれたふもとはネパール側ではなく、中国側だったのです
《なあに、関係ないね》そういうと八っつぁんは
ポケットからどこでもドアを取り出しました
《そんなものがあるなら早く出せよ》とおじいさんは思いました
そして自分だけどこでもドアに飛び込むと、
《がちゃっ》とドアにカギをかけて、それを自分のポケットにしまいました
おじいさんを責めてはいけません
おじいさんも、その時まだ若かったのです
そのころおばあさんはまだワニに名前をつけていました
八十二太郎、八十三太郎、八十五太郎、八十六太郎、八十七太郎、
八十八太郎、八十九・米寿の翌年太郎、九十歳太郎、九十一歳太郎、九十二歳太郎
そこまで名づけたところでおばあさんは《しまった》と思いました
おばあさんは雌ワニにも太郎と名づけてしまっていたのです
《あちゃー》しかしおばあさんを責めてはいけません
バラと呼んでいる花を、たとえべつの名前で呼んでも、
香りが変わるわけではないのです
むせ返るワニの臭いにつつまれておばあさんが立ちすくんでいると
《がらがらがらっ》と玄関が開きました
《いま帰ったぞーおばあさああーんぅわああワニいい》
おじいさんは大量のワニに驚きました
おじいさんの絶叫におばあさんも驚きました《うおおおっ、びっくりしたっ》
おばあさんに自分を驚かれて、おじいさんはショックを受けました
二人は二日間話し込みました
離婚の際の財産分与について、ワニの養育権と養育費について
明日の天気について、来年の結婚記念日について、などです
おじいさんは、おばあさんにいいました《愛してる》
おばあさんは、おじいさんにいいました《愛してた》
ワニは、ワニに、いいました《ぎゃおおおおーす》
バットマンは、八っつぁんにいいました《行くぞロビン》
ウルトラマン太郎は、サラリーマン金太郎にいいました《ぎゃおおおおーす》
岡本太郎は、高村光太郎にいいました《ぎゃおおおおーす》
おじいさんはおばあさんに焚き木をさし出しました
苦労して取ってきたエベレストの焚き木です、世界一の焚き木です
おばあさんはだまってそれを受け取り、かまどに火をおこしました
おじいさんもそれを手伝いました
そしてワニをさばき、味噌でよく煮てふたりで食べました
しょっぱくてあまりおいしくなかったそうです
作りすぎてしまったので、ふたりはどこでもドアでアメリカへ売りに行きました
味噌ワニは、アメリカでは飛ぶように売れました
それはもうすごい売れ方でした
はるばる日本から買いに来るあんぽんたんが居るぐらいでした
味噌ワニを食べたジョージ・ワシントンは
《ワニの、ワニによる、ワニのための料理》と絶賛しました
ジョージ・ワシントンも若かったのです
おじいさんは大金持ちになりました
おばあさんは大金持ちになりました
ふたりはとても幸せでした
幸せかどうかなんて、考えもしないぐらいに幸せでした
みんな、みんな若かったのです
またたくあいまに、時間は過ぎてゆきました
あれだけたくさん居たワニも、最後の一匹になりましたが、
ふたりは最後の二万六千五十九太郎を、いつもと同じように仕込みました
そしておじいさんは、おばあさんにいいました《わたしたちで食べようか》
おばあさんは、おじいさんにいいました《おじいさんが先に食べるなら、食べる》
ふたりはなかよく味噌ワニを食べました《うーん、まずい》
やっぱりしょっぱくてあまりおいしくなかったそうです
その夜、おじいさんはおばあさんにいいました
《あの時の焚き木だけど、ごめん、あれは、ふもとの村で買ったんだ》
《焚き木って、エベレストの》《ごめん》《なんで》
《遭難して柴刈りどころじゃなかった、バットマンが助けてくれたから帰ってこれた》
《そうじゃなくて、なんで、なんで、それを今ごろになって話すのよ》
おばあさんがおじいさんを許したかどうか、伝説には伝わっていません
ただ、四十年後、おじいさんとおばあさんが離婚したのは、
別の理由によるものだったそうです
(c) Mitsuhiko WAKAHARA