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与力老巨人
 山ほどもある大きな老巨人がいた。地図にないある離れ小島で、ひとりひっそりと暮らしていた。
 
 ある日、老巨人は海岸で人間の本を拾った。海の向こうの人間の国から流れてきたらしい。本には、人間達がいろいろな困難を迎えながらも仲良く助け合って暮らしている姿が描かれていた。また別の本には、人形が冒険の末に人間の子供になる物語が描かれていた。
 
 老巨人は、人間が見てみたいと思った。海へと入り、大陸棚をしばらく歩き、そして泳いだ。
 
 だんだん足がしびれてきて、悪寒もし始めた。振り返ったが小島はもう見えなかった。老巨人はひたすら泳いだ。
 
   *
 
 気が付くと、老巨人は人間達に取り囲まれ、浜辺に寝そべっていた。気を失っているあいだに流れ着いたらしい。
 
 老巨人は人間に呼びかけた。
「あなた達の、ちからになりに着ました。私にできることがあったら、なんでも」
 
 すぐさま人間の軍隊が駆けつけた。軍隊の先頭に立つ、王様らしき者が老巨人に言った。
「はるばるようこそ。あなたを歓迎します。それでは、わが国のために力をお貸し下さい」
 
   *
 
 老巨人はある王国に招かれ、その巨体で使役した。荒れ狂う川に橋をかけ、砂漠の中央に運河を掘った。天まで届く城塞を建築し、地の底まで続く鉱山を掘った。王国は富んだ。人々は老巨人を守護神とあがめ、たたえた。
 
 老巨人は悪い気はしなかった。人間が自分の働きを喜んでくれている。人間の国に着てよかった、と思った。
 
   *
 
 だがある日、王国の発展を眺めていた別の国が不満を示した。
「不公平だ! 我々にも巨人の力を使わせろ!」
 王国の王はその提案を突っぱねた。
「この巨人はわが王国につかえている客人だ。他国に引き渡すなど断じてできん」
 両国の関係は悪化した。互いの商業ルートを封鎖し、国境には軍隊が配備された。しだいに緊張が高まっていく。
 
   *
 
 そしてついに、巨人をうらやんだ国々が同盟を結び、王国に宣戦布告した。戦況は王国の圧倒的不利だった。今まで開拓した土地をことごとく奪われ、辺境には占領軍の圧政がひかれ、王国はガタガタに荒れた。
 
 なすすべもなく、王は老巨人に頭を下げた。
「客人よ、守護神よ。この美しい国を救ってほしい。あなたの力で、敵を退けてほしい」
 
 老巨人は王にたずねた。
「人間を殺してこいということですか」
 王は答えた。
「……そうです」
 
「それは全ての人間のためになることですか」
「いえ、この国の全員のためです」
「この国の人間だけが、人間ではありませんよね」
「それはそうですが……何を言っているのです?」
 
 老巨人はゆっくりと語った。
「私は人間のちからになりたくて、人間の世界にきたのです」
 
 王はじっと考え込んでいたが、巨人の眼をみすえ、威厳を込めて言った。
「では私とあなたで、全ての人間をこの国の人間にしましょう。この王国を、地上のすみずみまで広げましょう。そうなればあなたは、全ての人間のために働けるでしょう?」
 
 王の話が飲みこめなかったのか老巨人はしばらくぼおっとしていたが、ふいに口を開いた。
「そうですね。それもいいかもしれませんね」
 
「ありがとう。さあ急ぎましょう」
 王にうながされ、老巨人は最前線へと歩き出した。ずしんずしんと地鳴りがして、世界がびりびりと震えた。
(c) Mitsuhiko WAKAHARA