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ヤドカリの時計
 ある南の島に、たくさんのヤドカリがかさこそとつつましく暮らしていた。太陽はあたたかく、波はおだやかにうち返す。これといった天敵もなく、安定した暮らしが保障されていた。
 そんなある日、一匹のヤドカリが息せき切って広場になっている浜辺に駆けこんできた。
「きいてくれみんな!」
「どうしたの、そんなにあわてて」
「大発明だ、貝がらのテントに匹敵する、ヤドカリ史に残る大発明だ!」
「どんな?」
「時間をかぞえる仕組みだ」
「時間をかぞえる? 星の数やエサの数をかぞえるみたいに?」
「そうだよ」
 
「そんなことしてなんになるのさ」
「試してみればわかるよ。ほら」
 発明したヤドカリは得意げに進みよると、他のヤドカリの貝がらに糸くずや棒切れをちょいちょいっと結びつけた。
「なんだかサアサアって音がするよ」
「砂時計だよ、貝がらの中にたまった砂を利用してる。その音は砂が流れでてる音。その棒の目盛りでどれだけ砂が出たか、つまりどれだけ時間が経ったか分かるんだ。便利だよ、使ってみてよ」
 
 ヤドカリたちは互いの棒をみてワクワクしていた。
「まあ邪魔にもならないしね」
「ちょっとかっこいいしね」
「この音、波の音や風の音にちょっと似てる」
「いいね」
「着け方おしえてよ、友達にもすすめるから」
「あ、わたしもわたしも」
 
   *
 
 砂時計はあっという間に浜中のヤドカリに広まった。みな、はじめは物珍しさや気取りで身に着けていたがその実用性におどろき、すぐ手放せなくなっていった。
「時間を測るだけでこんなに暮らしが楽しくなるなんて思わなかったね」
「そうだね、なんで気づかなかったんだろ」
「きのうより速く走れたなってわかったり」
「前より短い時間で狩りがすんだ時とか」
「うれしいよね。ハリが出たよ」
「これはいいなあ」
「かかせないね」
 睡眠時間からトイレの時間まで、ヤドカリたちは生活にかかった全ての時間を測定しそれを更新することを楽しむようになった。もっと速く。もっと短く。もっと素早く。過去の自分の記録を更新し、お互いの記録を比較し合い、ヤドカリたちは何をするにも意欲的に取り組むようになった。
 
   *
 
 だがすぐ記録の更新は頭打ちになった。
「いや、ここでこういう風にすればまだ縮むはずだ」
「友達にコツを聞いてみよう、練習に誘おう」
「もっと体を鍛えなくちゃ」
 ヤドカリたちは少しでもタイムを縮めるため、一挙一動に注意を払い、結果を考え、反省し対策をねり、研究を積み重ねるようになった。そしてひとりごとから腕のひと振りまで無駄な動作を全てひかえるようになった。
 すると記録はまだまだ伸びた。挨拶も睡眠時間も削り、ひたすら行動の効率化に励む。それがかっこいいことだと言われるようになった。
 
   *
 
 だがまたすぐに記録は伸びなくなった。もう何も、はぶく物事がなくなったためだ。
「おとなりさんはいいタイム出してるっていうのにどうしてあんたはそう、のろくさしてるんだろうね」
「しかたないだろ、無理なものは無理なんだよ」
「ちょっとは努力したらどうなの」
「してるよ」
「って言ってる暇があるなら練習してよ」
「ムチャ言うなよ」
 ヤドカリたちは焦った。だが焦れば焦るほど、時間はただ過ぎていった。そしてその悩み停滞した時間をかぞえ、なんという時間を無駄にしたのだろう、とさらに焦った。さらに焦るとさらにどうにもならなくなった。
 まだまだ記録を伸ばし続けるヤドカリもいたが、もうそれはほんのごく一部だった。彼らは超ヤドカリとたたえられ、不気味がられ恐れられた。
「あんなのまともじゃない」
「才能のあるひとはいいなあ」
「昔はよかったな、比べられたり比べたりしなかった」
 ヤドカリたちは、のんびりその日を生きていたころを懐かしがるようになった。
 
   *
 
 ある日、浜辺の真ん中であるヤドカリがいきなり叫んだ。
「やめだやめだ、こんなものやめてやるぞ!」
 貝がらから棒をひっこぬき、ぐしゃぐしゃに踏み潰した。
「いらないんだこんなものは本当は! そうだろ!」
 
 そうだろちがうかみんな、と問いただされ、遠巻きに見ていたヤドカリたちもふっきれ叫び出した。
「そうだそうだ」
「ずっとそう思ってたんだよな」
「やめてしまえこんなもの!」
「捨てちゃえ捨てちゃえ」
「だれだよこんなの始めたやつは」
「2度とやらんぞー!」
 
 白い浜辺に幾百もの棒くれが散乱した。その光景はまるで、島が大嵐にあった後のようだった。だが落ちついて見渡してみれば、きょうの風は微風で、あいかわらず太陽はあたたかく、波はおだやかにうち返しているだけだった。
(c) Mitsuhiko WAKAHARA