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最悪人形
 発掘隊がある遺跡で異様な人形を発掘した。その像はおぞましい悪夢のような姿をしていた。いや、こんな表現では生ぬるい。
 
 具体的には、大きさは人間の等身大よりひとまわり小さく、腕は肩から三本・背中から六本・股間から二本なにかを抱くような角度で伸び、脚は頭から一五本と口から二本そして腰から三本その全てが左足で八本指だった。右目が顔から首に二五個・右肩に七個・背中から腰にかけてに四二個あり、わき腹には一六個の耳が鱗のように整列し、顔にはうっすら恥じらいの表情が浮かんでいた。
 
 この像を見た者は例外なく絶句しその場でその日の食事を吐いた。地獄の死線を越えてきた元兵士はおろか、血濡れの臓腑をまさぐった事のある外科医でさえびいびいとむせび泣き神に許しを願った。悪夢だ、地獄の産物だと誰もが嘆いた。
 
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 この発掘に携わった者はみな寡黙になり、何年も悪夢にうなされ苦しむことになった。
 また、自分の手を見るたびにあの像の手を思い出す、ひとの目を見るたびにあの像の目を思い出す、などと人間不信に陥り精神を害する者も多数出た。奇異な方法で自殺する者も多かった。
 噂を聞きつけて像を見に来る者もいたが、その全員が自分の軽率さを心底から悔いる結果になった。それほどの品なら自分が買い取ろうと名乗る富豪も現れたが、実物を見るや二度と関わりたくないと泣いて逃げた。
 
 人々はこの遺跡は強力な呪いの装置だと噂するようになった。古代にどういう意図で作られたのかは知らないが、その呪いは現代でも明らかな効果を放っている。とんでもないものを発掘してくれたものだと発掘隊には非難の声さえ送られるようになった。
 
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 発掘隊のリーダーである研究者は、悩んでいた。
「誰がどうやって、何のためにこれを作ったのか。この像は凄まじい。太古にこれを制作した者自身はこの像の呪いを受けなかったのだろうか。古代には、この悪夢のような姿は悪夢ではなかったのか。それともこの像の作者は最強最悪の狂人だったのか」
 
 研究者は、嗚咽と恐怖と嫌悪感を理性で押さえ込み、像の研究に取り掛かった。出土位置や原材料を分析した。技巧を調査するため、古代と同じ方法で寸分たがわぬレプリカを製作したりもした。
 
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 研究者は世界中から狂人と呼ばれ、忌まれ、怖れられた。学問に身を捧げた勇気ある人だと賞賛する者も少数いたがそう評するのは決まって像をよく知らない人だった。
 学会からも発掘隊の元部下からも疎遠にされ、研究者はひとり悪夢をライフワークとして生涯を送った。死後に自宅から大量のレポートが発見されたがそれを検分する者は居なかった。
 
 いまでは、あの像の発掘自体がこの狂人による捏造だったのではないかと囁かれている。
(c) Mitsuhiko WAKAHARA