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鳥取砂丘(5)
 目が覚めた。全身が薄く汗ばんでいる。布団が暑かったらしい。寝床から起き上がると、帯がずれていた。ゆかたを脱ぎ、ジーンズとTシャツに着替える。腕時計を見ると時刻は早朝だった。時間的には少しの睡眠だったが、汗を書いたせいかさっぱりとした目覚めだ。
 同室であるはずの桑原さん・クロラさんは部屋には居なかった。私は文庫本とデジカメを持って新生館の中をうろつき、それにも飽きて外へ出てみた。

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 バスで移動していたときはよく分からなかったが、吉岡温泉街はこじんまりとした町並みの小さな区画だった。温泉旅館が数件と民家・雑貨店があるだけで、観光地めいたけばけばしさは無く路地は静かだった。新生館の周りをあるいてみると、例の川柳の板が転々と飾られていた。いくつか読んでみた。「わが妻が入って出てこぬ美人の湯」。それって湯に沈んでるって意味か? よくわからない句、嫁しゅうとめ問題を詠んだ句あって苦笑した。

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 新生館前に戻ると、参加者の女性おふたりがいらした(名前は失念。すみません)。向こうに足湯があるから行ってみるつもりだと言う。そんなのあったかな、と思いながらついていくと、Y字の交差点、屋根の下に、ベンチが付けられたちいさな石の浴槽があった。靴を脱いで足を付ける。なんだこりゃ熱いですねと言うと、背後の看板を示された。温泉の効能その他が書かれている。そこに、この足湯の温度も書かれていたがなんと51度だった。そんな無茶な。湯から足を上げると、三人とも赤い靴下を履いたみたいに爪先からスネまでが真っ赤になっていた。
 お湯の面に足の裏だけを付けていると気持ちいい、と気付きしばらくそうしていた。詩について雑談もしたが、しばらく足湯を堪能すると、二人は新生館に戻っていった。私も足の水を切って新生館に戻った。

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 新生館のロビーには男性(名前失念してすみません。眼鏡をかけたスマートな青年。大学生さん)が居た。ロビーにあった新聞を見ながら「NHKの取材は今日の朝のニュースで使われる予定だったらしい、もう終わってしまっただろうな、誰か見ていないかな」といった話をした。男性は私の持っていた文庫本に興味を持ち、すこし石丸元章について盛り上がった。石丸さんはマッチョでカッコいい人なんだとか。私がラジオリスナーだったころ声から浮かべていたイメージは、小太りでどっしりした人というものだった。そう話すと、ラジオは聞いたことがない、その当時は小学低学年だったと言われた。そうか、そうだよなあ。聞けばラジオDJをしていた頃の石丸氏はちょうど今の私ほどの年齢だったらしい。うーん、感慨深い。

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 三階の宴会場で朝食を取った。半熟のいり卵のようなものがプレーンで美味しかった。どんぶりのような巨大な盃に貝の味噌汁があったが、ふたの開け方が分からずみんな、ひねったり押したり、知恵の輪状態だった。ちなみに給仕のおばあさんが教えてくれた正解は「おわんの端をつまんで外側に引く」だった。ほう。誰も思いつかなかった。やるな、おばあさん。
 朝食の場ではカードの最多サイン獲得者が表彰された。長谷川さんが三位を獲得、手作りの記念メダルを受賞した。ミキさんのお母さんからおみやげに梨が配られ、感謝して頂いた。梨は好物だ。

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 朝食が済み、部屋でひと休みして午前10時半ごろ、荷物を持って玄関に集合した。ここで新生館はチェックアウト。みんなでバスに乗って移動する。私はこの後のバーベキューには参加しないので、このバスに乗り鳥取駅で降りるんだな〜と思っていたら、このバスはバーベキュー会場に直行するとのこと。あらまあ。同じくバーベキューに参加しない、桑原さん、高橋さんと慌ててバスを降りた。バーベキューに行くバスと、自家用車で帰る方々を見送ってから、三人でバス停へ歩き出した。
 すぐバス停に着いたが、そのバス停は時刻表が破られていた。このままここに居ても、いつバスが来るのか分かったもんじゃない。途中、郵便局のとなりの雑貨店で飲み物を買ったりしつつ次のバス停まで移動した。温泉街を離れると、山の緑が鮮やかな日本の田舎の風景が広がっていた。前日の雨がウソのように空は青く、雲の隙間から強い日差しが照り映えていた。
 二つ目のバス停にはちゃんと時刻表が残っていた。次のバスが来るまでまだ30分以上ある。ベンチに座り、煙草を吸いながら三人でぼんやりとする。ふいに桑原さんが「あー。こういう所に、白いワンピースを着た少女が自転車に乗って通りがかり、少女の飼い犬がこっちに走ってきて、それを抱きとめて『おいおいやめろよぉ〜コイツ〜』とか言いながらじゃれて、犬に追いついた少女から『すみません! あら、他人にはなつかない犬なのに』とか言われて、次のシーンでは二人で砂丘でアハハハハハ〜うふふふふ〜ってこう、追いかけっこ(以下略)」などとのたまった。ハハハと高橋さんと笑った。まあそれはさておき、その後も男三人、誰か良さげな女性はいたか、などという話になった。まあ若い男が集まれば、そんなもんだ。

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 30分近くバスに揺られ、鳥取駅に到着した。既に新生館で解散してから1時間半以上が経過していた。高橋さんは市内を観光して帰るつもりとのことで、ここで別れた。桑原さんと私はさっそく帰りの乗車券を買いにJRの窓口へ。駅員さんに調べてもらうと、なんと次の電車は1時間近くあとだという。鳥取駅がそんなに電車の少ない駅とは知らなかった。私は鈍行列車を乗り継いで帰るつもりだったが、そんな悠長なこと言ってる場合じゃなさそうだ。桑原さんと一緒にスーパーはくとの特急券を買った。
 列車の時間になるまでは、駅ビルのパン屋で軽い昼食を摂った。ちまちまとパンをはみつつ、煙草を何本も吸った。東京はどうかとか、KDjaponやTOKUZOでの企画は資金的にどういう仕組みになっていたのかを聞いた。勉強になった。
 桑原さんが携帯でメール作業をし始めたので、私は煙草を吸いながらあたりをぼんやり見ていた(なんだか昨日から「ぼんやり」「叫ぶ」「歩く」「食べる」ばかりしている気がする)。夏服姿の女子高生ふたりがパン屋に入り、パンを買ってテーブルに着いた、そのうち一人がめちゃめちゃな可愛さだった。そういえばきのう駅前でボケーッとしていた時も思ったが、鳥取はきれいな人が多い。男性も女性も、少年少女も老年壮年も。太った人があまり居ないからかもしれない。女子高生はパンを食べ終え、トランプを取り出して二人でババ抜きを始めた。ああ、可愛いもんだなー。ふたりでババ抜きしても詰まんねえだろう? 混ぜてもらおっかなあ。けっこう悩んだが、電車の時間もあるし、やめた。しかし可愛い子だったな。
 桑原さんとは、スーパーはくとで新大阪までご一緒した。桑原さんいわく「新幹線に乗ったら必ずアイスを買う。スジャータのが美味しい」とのこと。スジャータってあのコーヒーのミルクの?「そうそう。スジャータが〇時をお知らせします、ってあれ」ああやっぱりそうなんだ、アイスも作ってたんだあの会社。その後(スジャータじゃなかったけど)スーパーはくとでもアイスを売ってたので二人で買って食べた。受け取った直後は凍っててガチガチだったが、次第に溶けてトルコ風アイスみたいなねっちりしたアイスになった。緑が眩しい早秋の車窓を眺めながら、小さいスプーンでガッポガッポ掬って食べる。なかなかオツなもんスね。「だろう?」うん、いいな。


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 特急は、明石海峡大橋などなど多くの風景を横に過ぎ、新大阪に着いた。桑原さんは新幹線へ、私は米原行きの新快速へ。新快速の車内では大阪、京都、滋賀と乗客のイントネーションが変化していく様子に耳を傾けていた。時刻はもう午後3時を過ぎていたと思う。
 米原で降り、岐阜・名古屋行きのホームに移動した。もうすっかり夕方だ。休もうとベンチに腰を下ろすと、すっぱい刺激臭がした。隣のベンチに髪がボサボサのホームレス男性が座っていた。どうしていいのか分からない。日曜午後のホームはたくさんの人が居たが、誰も何も気にしていない様子だった。ホームレスの男性は、空中に焦点をあわせ、空中の眉間をつまむような動作を繰り返している。まもなく電車が着たので、私はそれに乗り米原駅を離れた。男性は乗ってこなかった。いつまでああしているつもりなのだろう。いつからああしていたのだろう。

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 米原から車内で、ぐぐーっと重低音で眠気が襲ってきた。手には梨の入ったかご、かばんの中には『夜の鳥取砂丘の中心で詩を叫ぶ』記念誌集がある。取り出してぱらぱらとめくってみた。砂丘で聞いた、いくつかの詩が載っている。そうだ、鳥取まで、砂丘まで行ってきたんだった。でも帰って「夜の砂丘で詩を叫んできた」なんて言っても「なにそれ?」ってすぐには信じてもらえなさそうだなぁ。行ってよかったな、みなさんおつかれさま。車内でにんまりとほほ笑んだ。面白かった。楽しかった。

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 家に帰って、一個だけ梨を食べた。梨といっても渋かったり、舌触りがザラザラだったり、いろいろある。でも貰った梨はスマートに甘くシャリシャリした、とても良い梨だった。「冷やして食べた方がおいしいよな」と思い冷蔵庫に入れておいたら、家族に食われた。
(了)
2004-10-01
(c) Mitsuhiko WAKAHARA