
きれいでした。15分か、もっとか……けっこう長い時間でていました。
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あっ。文調が「〜でていた」じゃなく「〜でていました」と「ですます口調」に戻ってますね。まあいいや。今はあまり気張りたくない心境だし。今日はこのままです。
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正直、あまりイベントのレポート(感想)って好きではないんですよね。いや、イベントに限らず、形に残る言葉というのが全般に苦手なんです。掲示板とか、メールとか。「意味のあり過ぎる文章」を残すのが怖いんですよ。あとになってどう誤解されるか分からないし。
私は、どうでもいいもの、どうとでもとれるものが好きなんです。駄文や寓話や詩を書き、コラムや小説が書けないのはその辺に原因があるんだろうと自覚してます。
ま、鳥取砂丘記は書いててハイになれたし、読んで面白がってくれた人もいたみたいだしOKかな。後半はやっぱりもっさりしちゃったけど。
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「さいきん凶悪な事件が多いじゃないですか」『そうですか? まあこの9月前半はちょっと立て続けでしたけど』「そうですか」『はい』「いま世の中が不安な方に向かってしまってますよね」『どうなんでしょうねえ』「今ここは平和ですけど。何か考えたりされますか」『何かって……まあ、ここは平和で、私は日本人で、すぐ海の向こうでは餓死者が一万人単位で出ていて……NGOとか活動されてる方もいますけど私はそんなこと出来ないし。でも日本人は金持ちなんだから、月に一万円でも寄付するとか、そういう地味なことでもすべきなんだろうけど』「ああ、深く考えてらっしゃるんですね」『そうですかね……無力感みたいなのを感じてます』「哲学とか勉強されたんですか」『いや、勉強ってほどでは』「やっぱり本を読んで?」『はあ』
「聖書などに興味はありますか? よろしければこういう本もどうぞ」と機関紙を出し、その人は去って行きました。礼儀正しい、わりと普通の人でした。あの人、なんで布教活動までしてるんだろう。教徒でいるだけじゃ駄目なのかな。信仰心と組織維持は別問題なのかな。よくわからないな。
もらった機関紙をちょっとめくってみましたが、何かにつけて「そんな時、聖書にはこうあります」と締めくくる内容でした。紙質は悪いですが、カラーでページ数も多く、お金がかかってそうです。よくわからないな。
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『tamatogi』『鳥取砂丘』では、煙草を吸える場面が多かったので始終吸ってました。煙草をくわえていると間が持つんですよね。うまく黙れて、うまく話せる。落ち着いたポーズも取れる。薬剤として煙草を摂っている訳ではなく、ある種のグッズとして使っている。吸えないからといってイライラもしない。美味いとも不味いとも感じない。ただ吸う。
……どういうことなんでしょうね。なんで煙草なんか吸ってんだろ、金の無駄だな、とは思うんですがね。神経をゆるめたいという欲求があるんだろうな……煙草程度じゃ全然ゆるまないのにね。少しはリラックスできるけど。
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さて、今日の一枚です。この一枚は、現象がわかりやすいように色調補正をしています。画像をクリックすると元画像が見れます(800px×600px・30KB)。

この写真はその様子です。話には知っていましたが、実際に見たのは初めてでした。言われなければ気付かないぐらいの薄さです。主虹は180度くっきり出ていましたが、この服虹は端のほうに少しだけしか現れていませんでした。主虹に目を奪われていては気付けなかったでしょう。カメラを持ってきょろきょろしてたのが幸いしたんでしょうかねぇ。
2004-10-03