トップページ ≫ 和歌・短詩 ≫ 短詩・未詩 未整理15
短詩・未詩 未整理15
分度器が好きだった
ベランダで分度器を使うのが好きだったのさ
この手のひらから線が延びるのさ
視界の全てにレーザーを当てるのさ
ぼくはいま太陽なのさ
これから光る太陽なのさ
 
半分だけだってことが重要だった
全部前に向いてるってことが
海を買いました
コップに一杯
さかないっぴき住めない
小さな海です
 
空も買いました
おおさじ二杯
理不尽 理不尽だと
お前が作ったのだ この権力を
お前が作ったのだ この自由を
嘆く暇を 売買する同情を
六角形の弾丸を
お前が作ったのだ 総て
この一日を あの一日を
過ぎ去った明日と
切符なんて買わねえんだよ
売ってねえものが買えるかってんだよ
乗るとき整理券取って降りるとき金払うんだ
何番線もへったくれもねえ
左から来た電車に乗りゃあ都会に行くし
右から来た電車に乗りゃ此処よりもっと田舎に行かあ
これが無人駅だバカヤロウ
見渡す限りの田畑だコラ
雪が降ったら行き倒れだオラ
のどかだ感傷だ生活だ田舎だ
日本の風景だってその舌抜かれてえかコラ
そら右から電車が着やがった
一時間に一両の下りだこれが田舎だ
見ろい帰宅部の学生で寿司詰め状態だ
男も女も十把ひとからげに田舎者だバカヤロウ
どいつもこいつもいずれこの町を出ていく人間だ
スカート折り込もうがトランクス覗かせようが
所詮は人間のワゴンセールだこの野郎
てめえらなんざとっとと山奥に帰れってんだよ
役場職員と結婚する夢でも見て寝てろ
しばらくしたら左から上りの電車が来らあ
俺らが乗るのはそっちだよ
もののみごとに無人の電車だ
こんな時間に都会へ行くやつなんて
家出人か夜学生だけだって相場が決まってんだ
西日が眩しいか知らんわボケ
勝手に光らせとけ
上りでも下りでもねえとこに行きてえよ俺は
ひあがったオアシスで
ひとりの男が倒れている
もう男ではない
カルシウムのかけらが風に吹かれている
そのときオアシスもオアシスでなくなっている
日はあいかわらず滅多である
 
 冷水を入れたコップの表面を
 水滴ががくがくと滑り落ちていく
 この世界はしずくの丸さに支えられている
 雨のコースを
 次の水滴が追いかけていく
 
  大気と冷水の分嶺を
  ガラスと冷水の絶壁を
  唇と冷水の和解を越えて
  水は水に再会を果たす
 
ひあがったオアシスで
ひとりの旅人が倒れている
また旅立ってしまった
礼ひとつ言わせずに 名も訊かせずに
そのときオアシスはオアシスになっている
旅人が捨てなかった地図のなかで
 
  魚石のなかで
  地球がぽっかりと割れる
  宇宙が拓く
ちのしたがわの
つについた
つのかがみから
しがかけた
しをおりたたみ
くになった
くからころんで
へをこいた
へをつないだら
ひをふいた
ひをあみこんで
わをくんだ
わはやけこげて
ろがのこる
ろをけとばすと
うがうまれ
うはとんでって
つにひとり
つのつぎにいく
てにさてと
あの家には鉄筋コンクリートが入っているんだよ。
あの家に住んでいる人には?
色鉛筆の「色」って
何色のことなんだろう
 
どんな鉛筆にも色ぐらいある
 
青鉛筆で「夕日」と書く
なにかいけないことをしている気がする
黒のボールペンで「白」と書く
書かなかった場所の方が白い
万年筆を使っている友人がいる
『そんな貴族趣味なことやめろよ』と僕が言うと
「あのなあ」と友人は言った
「万年筆ってのはなあ
毎日使わないと
インクがつまって駄目になっちゃうんだよ
だから持ち歩いてるんだ
別に貴族趣味じゃない」と言う
『なんだそりゃ貧乏性かい
だったら庶民的に
ボールペン使いなよ安いし』と僕は言う
「いやそれがだな」と友人はまた言う
「万年筆の書き味に慣れてしまうとな
もうボールペンに戻れないんだこれが
本当にスラスラ書けるんだよ万年筆
紙の上を滑るように
愉快なぐらいに文字がほぐれ出てくるんだ
これ使ってるとものを書くのが楽しいんだよ
しかも毎日使わないといけないだろ
だからこれ一本持ってるとさ
毎月ちょっとした長編が書けちまうんだ」と言う
『本気で言ってるのかお前は
んな便利な道具があってたまるか
みんなヒイヒイ言いながら創作してんだぞ』と僕は言う
「だってあるんだからしょうがない」と友人が言う
『ありえない信じない』と僕は言う
「わかった
じゃあこれ貸すから使ってみろ
ただし毎日ちゃんと何か書けよ」と友人が言った
『いいだろう』
と僕が言ってから二ヶ月
その万年筆は返していない
なるほどこいつはスラスラ書けやがる
おもしろいように駄作が増えやがる
書きものに行き詰まる
完全に筆が止まる
むんずとやめた煙草を吸う
するとまたたくまに灰になる
危うし、俺
おいつめられている
おいこまれている
怪獣またたクマ現る
うなる さけぶ うなだれる
首をまわす肩をもむ頭をかく腕をくむ
キーボードを眺める
とそこに
見なれないキーを発見した
正方形のキートップに
「守」みたいな字が印字されている
なんだこれは
こんなのあったか
しばし思案、
 
押してみる
いや やめよう
寝よう
いや やっぱり押してみよう
押すぞこの野郎
お兄さん押しちゃうぞ
ええい
ポチッとな
 
――ぴろりーん
という音がどこからかして
謎のキーが
すーっと消えていった
 
なるほど
疲れているのだな
寝よう
それに限る
増えすぎたら手放すのさ
飛びこむのさ飛びこませるのさ
あとはいいようにしてくれる
しあわせかどうかは別問題さ
 
手を伸ばすのさ 失礼でない程度に
つまりグッと思いきりだ
温かい手があれば助けてくれる
 
汚れたときは洗い流すのさ
沈みこむのさ深みにハマるのさ
なるようにしかならない訳さ
しあわせになれないとは言ってない
 
息を殺すんだ 服を脱ぐんだ
必死なあなたはとても丁寧だ
なりふりかまわないとても上品だ
死にかかったら思い出すのさ
あそこに涙をまぜてきたってね
息を吐くのだね おまえは
目をみはるだろう おまえは
照らすのだろう 探るのだろう
すべてが無駄だと教えてあげよう
 
来なさい
全力でおまえを拒もう
そこにあるのはわれわれの涙だ
世界中の「の」を
「にょ」にしに行くにょだ
そんなことはさせないと言われても
お前ももう「の」が「にょ」になっているにょだ
 
ノーベル賞は、ニョーベル賞なにょだ
残った残ったは、にょこったにょこったなにょだ
草野仁は、くさにょひとしなにょだ
 
でも則子さんはのりこさんでいいです
世界地図なんてものができてしまった
そして二百年ばかり経つ
この星にはもう新しい国がない
征服すべき土地がない
 
そして海賊たちが陸に上がる
食料費を横領したまま
二度と帰ってこない
「ばかだな おれは」
船長は船を出す
彼も二度と戻らない
 
ごらん 船だけが流れていくよ
青い波の上を
黒い波の上を 緑の波の上を
彼らはうまくやりおおせたのだよ
平和に殺されたのだよ
(c) Mitsuhiko WAKAHARA