「──続きまして、退校生訓辞」
(礼。)
退校生訓辞。退校生代表、若原光彦。
卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。あなた方は、僕と共にこの学校で過ごした級友であります。ある者は勉学に励まれ、ある者はスポーツに熱心であられました。またある者は友人と楽しい時を過ごし、またある者にとってはそうでなかったことでしょう。
僕は、いま皆さんをお送りできることを喜ばしく思っています。皆さん方全員が良い級友であったとは言えませんが、少なからず、僕たちは同族であったのだと、僕は思います。
学校生活は必ずしも楽しいことばかりではなかったでしょう。それぞれに事情があり、苦しい時期もあったことと思います。嫌いな先生もいれば、嫌いな教科もあったことでしょう。それぞれ人は違うのだから、では済まされない時間がここでは流れました。ですがそれも今日で終わりです。
あるいは今後の皆さんに待ち受けているものも、ここと同じ世界なのかもしれません。ですが僕は、それでも皆さんを祝福したいと思っています。
卒業生の皆さんそれぞれに事情があったように、僕にも事情があり、このたび僕は学校を去ることになりました。その去り方は皆さんとは違いますが、これもひとつの卒業の形、祝福の形なのだと僕は思っています。僕がこの学校で得たものはあまりに少なく、また失ったものはあまりに甚大でしたが、卒業生のみなさんにとってはそれは逆であるのだと、僕は信じたいと思っています。皆さんはこの学校から多くを学び、また失うことで何かを開かれたのでしょう。僕は皆さんに尊敬を禁じえません。
僕たちは同じ時間を過ごしたクルーでした。皆さんがそう思っていたかどうかはわかりませんが、しかし僕はいつもそう思っていました。いま僕は、卒業される皆さんをうらやんではいません。同じ立場、同じ目線で過ごしてきた人が一つの結果を達成した。そのことを心から喜んでいます。
卒業生の皆さん、あなた方はこの学校を去り、これからそれぞれの進路へと歩んでゆかれます。ですがあなた方と僕とでは、その歩みは決定的に違ったものになることでしょう。あなた方は卒業を経て、立派な大人へと成長されることと思います。そしてあなた方は数十年後、この学校生活のことを懐かしく思い返されることでしょう。それはとても喜ばしいことです。
ですがあなた方と違い、僕には、この学校のことを快く思える日は訪れないでしょう。順当な大人へと進むあなた方と違い、僕は今日から、たとえ立派でなくとも大人として生きていくことになったのです。僕たちの未来は今日、分かれたのです。
卒業生の皆さん。ある意味で、僕はあなた方より一足早く大人になったのだと言えます。そしてその辛さも既に知り始めています。卒業生の皆さん、僕が先輩としてあなた方に言えることがあるとすれば、それはただひとつ、あなた方は幸運だったということです。自分の運に自信を持ち、また自分の運の良さを自分の実力と取り違えないよう、心がけて下さい。
在校生の皆さん。至らぬ先輩にこれまでよくして頂き本当に有難うございました。これからも勉学に励んでください。そして何事にもよく耐えてください。物事に耐える方法はいくらでもあります。
職員の皆さん、先生方。長い間お世話になりました。僕から学んだことを、後輩に活かして下さるよう切に望みます。
最後になりましたが、退校生のみなさん。あなた方の未来に無限の可能性が広がっていることを、僕は自分のことのようにして、祈ります。
以上をもって退校の言葉と代えさせて頂きます。二〇〇五年三月、退校生代表、若原光彦。
(礼。)