書いてみたのだ
へのへのもへじを
思い出せなくなって
目を閉じ黙想してみたがどうにも曖昧だったので
チラシをひっかきまわし裏が白いのを見つけて
そそくさと書いてみたのだ
しかしおかしいのだ
女の子になってしまったのだ
これは何かの間違いだともう一度
すると今度はふたこぶラクダになってしまったのだ
いかなることかと見つめていたが
ラクダは何も答えない
ああそうかきっと紙が悪いのだと
すずりを出し墨をすって半紙に起筆してみると
今度は毛をむしられたペンギンになってしまった
これにはさすがに取り乱した
自分がへのへのもへじひとつ書けない奴だったとは
こんな愚か者が運転免許など持っていてよいのか
いつか誰かを轢き殺すのではないか
ああ私はもう駄目だ人間失格だとへこんだのだいやいやいやいや
こんなことあるわけがないこれは無いまず無いわはははははは
ちょっとしたジョークだ手品だイタズラ心だそうだ
魔がさしたのだそれしか有り得んとおのれを励ましたのだ
そしてゆっくりと気を静め
姿勢を正し呼吸を整えてもう一度書くと
やっと男の顔ができあがった
なつかしい見憶えのあるマヌケ顔
そうだこれがへのへのもへじだ
一時はどうなることかと思ったがへのへのもへじだ
見れば見るほどへのへのもへじだ
その筈なのだがこの違和感は何だと胸騒ぎがしてならないのだ
これは本当にへのへのもへじか
おいへのへのもへじと呼んでみたところで
へのへのもへじは何も答えない
ううむと腕組みして考え込んでいると
お前また珍しいことをしておるなと父が覗きに来た
おお父よいいところにこれを見てほしい
これが何に見えるか率直な意見をお願いしたいのだ
ふむ水墨画かなかなか巧いなお前にこんな才があったとは
しかしひいじいさんの顔なんてよく憶えてたな
そう言われたときには腰が抜けるかと思ったのだ
実際には目玉が飛び出たのだ耳を疑ったのだ
ちちちち父よこれがひいじいさんか確かかと聞くと
何だ違うのかと父は憮然としていたのだ
ちっちちちっ父と全く似ておらんではないかと指摘すると
隔世遺伝だお前は似ておるとぬかしよったのだ
ぬああ自分はへのへのもへじに呪われているのだうあああああ
そうとしか考えられない禁忌だ暗部だ駄目だ触れてはならなかったのだ
父よそれはあなたで始末してくれ誰にも言うな何も聞くな独りにしてくれ
恐ろしくて恐ろしくてその日はそのまま泣きはらしたのだ
以来怖くて怖くて鏡がまともに見られんのだ