今は使われていないある井戸に一匹のクモが生きていた。
クモはアメンボにも、ゲンゴロウにも、ボウフラにも嫌われていた。井戸に住む他の生きもの達から嫌われていた。徹夜で作った巣を壊されたり、貴重な獲物を逃がされたりした。
クモはどんどん痩せ細っていった。
*
ある日、井戸に一匹のトンボが通りかかった。トンボは弱りきったクモを見て言った。
「どうしてそんなところに巣を張るのです。あなたならここを出て何処へでも行けるでしょうに。……他の生きもの達をご覧なさい。彼、彼女らは井戸の外へは出られない。あなたを追いかけて来やしませんよ」
クモはポツリと言った。
「だからです。私だけが井戸の外を知っている。私はこの井戸でいちばん偉いのです。私はここを離れる気はありません」