ある国に天才音楽家があらわれた。音楽家が楽しい曲を奏でると、みんな楽しい気分になった。ゆかいな曲を奏でると、みんなゆかいな気持ちになった。
人々はたびたび音楽家を訪ねるようになった。そして言った。
「悲しくてしかたがない。元気になりたい」
音楽家は明るい曲を奏でた。人々は明るい表情になり、喜んで帰っていった。
音楽家はそうやって、乞われるままに人々を元気にしていった。音楽家はこれが自分の役目なのだと思った。金も取らず、人も雇わず、ひたすら乞われるままに曲を奏で続けた。
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あるとき、この国の王が逝った。王は誰からも慕われていた。人々は一様に暗い表情になった。陰気に黙りこくっていた。
音楽家は人々を元気にしてあげようと思った。音楽家は、国中に響き渡るよう、渾身の力をこめて曲を奏でた。音色は山々にこだまし、何倍にもなって国を包んだ。
人々の表情はぱあっと明るくなった。
「わあい。王様が死んで嬉しいな。王様が死んで楽しいな」
葬式の式場で、人々はひつぎを囲んで踊り狂った。
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次の日になると、人々は猛烈に怒り音楽家に詰め寄った。
「勝手に私達を喜ばせるな」
「何様のつもりだ。なんて失礼な」
「死者をとむらう気持ちがないのか。薄情者め」
音楽家は驚いた。暗いより明るいほうがいいじゃないか。悲しいより楽しいほうがいいじゃないか。どうして怒るんだ。私は生涯最高の演奏をしたのに。
音楽家は悲しくなった。そしてふと思った。みんなもこの悲しみを思い知ればいい、そうすれば明るいほうが絶対にいいってことがわかる。
音楽家は悲しい曲を奏でた。途端に人々の表情は沈み、幾人かがすすり泣き始めた。
音楽家はさらに奏でた。人々は地にぐったりとしゃがみこんでビイビイとむせび泣いた。
音楽家は、まだだ、まだだ、本当の悲しみはこんなものではないと思った。音楽家は死にたくなるほど絶望的に悲しい曲を奏でた。