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運のよい芽
 ある森に、ひとつの芽が出た。多くの木の実が動物たち人間たちに食べられ芽を吹かずに消えていったなか、その芽はひっそりと地上に顔を出した。
 
 木々がおいしげり、森の地表は暗かった。芽は、自分は長くは生きられまい、と思った。
 
 しかし、ある日きこりがやってきて、そのあたりの木を数本、切り倒し持ち去っていった。芽は、自分は運がいい、と思った。
 
 芽は、あたりの太陽を存分に浴びて成長した。苗へ、そして細いながらも樹木へ。ある時またきこりがやってきたが、こんな細い木では薪にもならない、と言って去った。樹木は、やっぱり自分は運がいい、と思った。
 
   *
 
 あれから幾年かが過ぎた。大雨の日もあった。日照りの日もあった。足元の土が洗われ傾きかけたこともあった。水が得られず、葉が茶色に染まり枯れかけたこともあった。
 
 周囲の木々は、あるものは自らの重みで朽ち、またあるものは動物や人間に傷つけられして倒れていった。それでも、樹木はなんとか生き延びた。樹木は、いよいよ自分は運がいいと思った。
 
   *
 
 それからまた幾年かが過ぎた。樹木は太く頑丈な、立派な木になっていた。周囲にはそのような木は一本もなかった。光と腐葉土に恵まれ、目立った傷もなく立つその木は森全体の憧れとなっていた。森じゅうの芽が、あんなりりしく健康な木になること願った。立派な木は、自らを誇らしく思った。
 
 立派な木の周りには、落ちた種や、小さな芽や、頼りなげな苗などがたくさんあった。それぞれが精いっぱい育とうとしていた。
 
 立派な木は、堂々とそれらに影を落とした。弱く小さな木は、光をさえぎられ枯れていった。鳥や動物たちは立派な木を宿とした。幼い芽や若い苗は、動物たちに食され消えていった。
 
 森の中、立派な木の周囲だけぽっかりと穴があいたように不毛の地ができた。だが立派な木の付近は、自らの落葉や動物たちの屍骸や糞尿でますます富んでいた。木は根を伸ばしながらさらにその身を膨らませた。
 
   *
 
 ある時、何百年ぶりかにきこりがやってきた。かつての芽は、胴回り数メートルもある巨木になっていた。
 
 きこりは巨木をしげしげと眺め、宝石でも見つけたかのように顔をほころばせた。そして振りかぶり、巨木の胴に斧を突き立てた。
 
 斧は勢いよく巨木に突き刺さった。巨木は痛いとは感じなかった。くすぐったいと思った。巨木は、ごくわずかに身を曲げた。とたんに斧は巨木に締め上げられ抜けなくなった。手柄どころか商売道具まで失い、きこりは肩を落として去っていった。
 
 次の日、昨日のきこりが大勢の人間を連れてやってきた。人間たちは巨木を取り囲み、うなった。
「堂々としたもんだなあ」
「こりゃあ、森のぬしだ」
「かみさまだ」
 昨日のきこりが人々をさえぎった。
「何を馬鹿な、ただの木だ。小屋ほどもある一枚板が取れるぞ」
 
 そのとき、ふいの風が巨木の枝をザワッとゆすった。人間たちは動揺をみせた。
「怒っていらっしゃる」
「我々は森の恵みで生きている。森のぬしに感謝せねば」
「切り倒すなんてとんでもない」
 
 森のぬしは、自分はまったく運がいい、と思った。きこりは、森のぬしに刺さったままの自分の斧をうらめしそうににらんでいた。
(c) Mitsuhiko WAKAHARA