今は忘れられたある砂場に、砂人形のたちの国があった。砂人形は放っておくと崩れ去り消えてしまう。住民たちは、いつもお互いの容姿に気を配って暮らしていた。
「あれ、きみちょっと背が縮んだね」
「ええっ。もぞもぞもぞ。これでいい?」
「うん。もと通りだよ」
「ありがとう。今後ともよろしくね」
「うん。こちらこそよろしく」
こんな会話が、砂の国のあちこちでいつも交わされていた。
*
そんな砂人形の国に、ベンと呼ばれる砂人形がいた。いつのころからか、ベンの体はくさい砂でできている、という噂が広まっていた。ベンは国じゅうの嫌われ者だった。あまりに可愛そうだ、とベンを気遣ってくれた者もいたが、その者たちはすぐ、こいつくさみが染ったぞ、とあらぬ噂を立てられた。からかわれるのも迷惑をかけるのも嫌で、ベンは人目を避けて暮らすようになった。
そんなベンの調子を見てくれる者はいなかった。ベンは、親戚のアバサ夫人に物を差し出したり、夫人の頼みごとを請け負ったりして、その代わりにこっそり調子を見てもらって体を維持していた。
アバサ夫人はよくベンに言った。
「私はあなたをくさいとは私は思いませんよ。ただ、こうしてあなたと会うことで私はいつも危険な橋を渡っているのよ。忘れないで」
いつもそう前置きして、夫人はベンに様々な要求を吹っかけていた。
要求を果たすため、ベンは毎日必死で動き回っていた。ほかの砂人形たちを見てベンはいつも思った。
「みんな普通に挨拶のようにしている事なのに、どうして自分だけこんな目に遭わなければならないのだろう」
ベンは疑問を抱えながらも日々ひたすらに働いた。だが動けば動くほどベンの体はより早くすり減った。夫人の出す注文もじょじょにエスカレートしてきた。もうだめだ、こんなのもう嫌だ、とベンは心底思った。
*
怒りで血走った眼を光らせ、手早く荷物をまとめると、ベンは砂の国の果てへと旅立った。
「さよなら。永遠にさよなら」
住み慣れた町が小さく遠ざかるにつれてベンの心はせいせいした充実感で満たされた。照りつける太陽はベンの体を乾かしもろくした。さえぎるものなく吹きつける風はベンの体をことごとく削り取っていった。体を痩せるに任せ、ベンはどこまでも歩き続けた。
「戻るものか」
いくぶん朦朧とした意識で呟いたとき、ベンの目の先にきらきらとした光が見えた。
ベンは誘われるようにそれに近づいた。そこには光輪に包まれ、ひとりのボロ砂人形が立っていた。ふらふらとよろめきながら、ベンは相手に話しかけた。
「こんなところでどうしたの。きみもくさいの」
相手の砂人形は体を揺らして答えた。
「そうかい。もっと早くきみに出会いたかったよ。そうすれば僕ら、お互いに挨拶を」
さらさらっとベンの体が崩れ落ちた。
ベンが最後に見た景色は、名もなき砂が空に舞い上がってゆくところだった。