ある肖像画家が、さる人物の肖像画を依頼されていた。だがいくら描いても描いても、ちっとも似ない。むしろどんどん違っていってしまう。
依頼主は怒って肖像画家を怒鳴りつけた。
「見たままを描く、その程度の事もできんのか! この能無しめ!」
肖像画家は何も言い返せず延々と罵倒されたあと、ぐったりして工房に戻った。
*
その夜、肖像画家は、疲労のなかで夢を見た。
自分が筆をちょっと振っただけで、画布に極上の色彩が飛び出る。その配置はてんでデタラメのように見えるのだけれど、じっと見つめ続けていると様々なものに見えてくる。この世にふたつとない偶然と無限の画法だ。
肖像画家は面白いように絵を描き飛ばしていった。比類なきその作風はたちまち評判になり、あれよあれよ、肖像画家は弟子を何人も抱える大工房主となった。
そしてあけがた夢から覚めたとき、肖像画家は自分の中に力がみなぎっているのを感じた。
*
後日、肖像画家は新たな作品を持って依頼主に謁見した。画家の眼はすがすがしい輝きをたたえていた。
依頼主の前に進み出て、肖像画家は画布を広げた。依頼主はとたんに眼を丸くし、裏返った声で叫んだ。
「こ、これが私か……!」
画家の眼は依頼主をまっすぐに見つめていた。