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王さまと爆弾
 いまとはちがう時代、いまとはちがう国のお話です。
 
   *
 
 あるここちよい晴れの日のことでした。ある国の王さまが、散歩がてら自分の城をのっしのっしと見回りしていたのです。
「ああ今日も平和だな」
 そんなことをつぶやいては、ここはなんていい国なんだろう、自分はなんていい王様なんだろう、と、ちょっぴり得意げにのっしのっしと歩いておりました。
 
 と、うっとりしていた王さまに、急にドシン、とぶつかってきた者がいました。王さまは空を見上げていたので気付かなかったのです。
「わわわわわ、王さまだ、王さまごめんなさい!」
 小さな高い声がキンキンひびきました。王さまはあたりをきょろきょろしますが人影は見当たりません。それもそのはず、声の主は小さな女の子で、それに許してもらおうと必死に王さまの足元にひれ伏していたのです。
「これこれ、怪我はなかったかいお嬢ちゃん」
 王さまはニコニコと笑いかけました。今日の王さまはとても機嫌がよかったのです。王さまに優しく問いかけられて、女の子はおそるおそる答えました。
「わたしは、大丈夫です、王さまは、大丈夫ですか」
「ああとっても元気だよ」
「おこってないですか」
「おこってないよ。気にしないよ。散歩をしてたんだ。今日は本当に気持ちがいいね」
 王さまのニコニコした顔が本物みたいなので、女の子はすっかり安心したようです。地面から立ち上がって、ぱんぱんと服についた砂を払い、王さまにぺこっとおじぎをしました。
「あのね、王さま、わたしね」
「なんだい」
「兄さんにお弁当を届けにきたの。兄さんはお城の兵士で、武器庫の番をしているはずなのよ」
 女の子の手にはお弁当の包みがしっかりと握られていました。さっき地面にひれ伏した時におなかのしたに隠したため、包みの底のほうにすこし砂がついています。機嫌のよい王さまは、おやおや、と少しほほえましくなりました。
「そうかい、それでは武器庫へ案内してあげよう」
「えっ。だって王さまって忙しいんでしょう」
「いまは散歩中なんだ。いいんだよ。いらっしゃい」
 王さまは女の子の手をとって歩き出しました。ですが、十歩も歩かないうちに女の子は王さまとつないでいた手を振りほどいてしまいました。
「あれ、いきたくないのかい?」
「王さまちがうんです、王さまのほうが背が高いから、手をつないでいると私の肩が疲れるの」
「ああそうか、ごめんごめん」
「ううんごめんなさい王さま。それから」
「それから?」
「もっとゆっくり歩いてくれないとこまるわ。王さまには一歩でもわたしには四歩ぶんぐらいはあるんですからね」
「そうかそうか、そうだった。これは気づかなかった。ゆっくり行こう、散歩なのだから」
 この子はしっかりした子だな、と王さまは思いました。はたして、ふたりは並んで歩き出しました。ううむ、小幅で歩くのもけっこう難しいな、これは私の方が疲れてしまうなあ、と王さまは思いましたが、これはこれで今までにない、とてもゆかいな事だとも思っていたのです。
 
   *
 
 さて、ふたりが武器庫に着きました。王さまは武器庫の厚い扉の前に立っている番人に、声をかけました。
「ごくろうさん」
「わわわこれはこれは王さま、ご機嫌うるわしゅうございます」
「うん。ところで、さっきこの子に会ったんだ」
「えっ」
「お弁当を届けてくれたそうだよ。よかったねえ。腹ぺこで立ちっぱなしなんてつら過ぎるものねえ」
 うんうんとひとり納得している王さまに、兵士はおずおずと申しでました。
「あの、失礼ですが王さま」
「ん?」
「このお子さんは、どなたですか?」
「えっ」
 と、王さまがおどろいたのと同時に、女の子がキンキン声をあげました。
「このひと、兄さんじゃないわ!」
「え? え?」
 王さまはふたりの顔を交互に見てはあたふたしています。春の日差しはここちよく照っていましたが、あせる王さまには少しまぶしく少し暑いような気もしてきました。と、急に兵士が、おお、とさけびました。
「おお、もしかしてあいつの妹さんかい? ひげもじゃの太った背の高い?」
「そうよ、そうよ」
「やつならいまお昼ごはんを食べに行ってるよ。そのあいだ、かわりにおれが番をひきうけてやってたんだ。なんでもお弁当を家に忘れてきたって話だったから。気の毒だなと思って」
「そうなの。どうもありがとう」
 ふたりの会話をきいて、王さまはほっとひと安心しました。じりじりと顔にふきだしていた汗がすうっと消え、肌にはここちよい風がふきぬけてゆきます。
「お嬢ちゃん」
 王さまは女の子に話しかけました。
「せっかくここまで着たけれど、お弁当むだになってしまったね」
「そうねえ」
「代役くん。きみもらうかい? このお弁当」
 兵士はぶるぶると首をふりました。
「陛下ありがとうございます、でもわたくしはもう昼食は済ませたあとなのです」
「そうだったの」
 三人の視線が、お弁当に落ちました。すこしの沈黙が流れてから、女の子が口を開きました。
「王さま、このお弁当、あげるわ」
「えええっ」
 今度は王さまと兵士が同時に驚きました。でも王さまは、言われてみればけっこう歩いたし、なんだかおなかがすいているような気もしてきました。
「わかった、もらおう。たまにはこうして外で食べるのも楽しいさ」
「まあよかった」
 にこにこと笑っている二人とは対照的に、兵士の顔は恐怖でひきつっています。
「おおおお王さまお毒見します」
 目などは白黒しています。気の毒なことです。
 
   *
 
「ふう。おいしかった」
 お弁当を食べ終えて、王さまは満足です。それもそのはず、城でお勤めしている息子のために、母親は、まいにち食材のもっともいい部分だけを使ってお弁当を作っているのです。
「お嬢ちゃん、お母さん料理とっても上手だね」
「そうでしょう、そうでしょう」
 女の子は得意げに王さまを見上げました。すると視界の隅に、あの、武器庫のぶ厚い扉が目に入ったのです。
「ねえねえ王さま」
「なんだい」
「武器庫の中はお散歩しないの」
「中が見たいの?」
「はい」
 女の子は恥ずかしそうにうなずきました。女の子のくせに武器がみたいなんて、はしたないことのように思われたのです。王さまはそんな女の子が可愛く思えて、よし、と兵士に命令しました。
「よし、じゃあ扉を開けて」
「ええっ。え、あ、仰せの通りに」
 重い扉が地鳴りのような震えを出しながら、開きました。中は薄暗く、なんだか香ばしい、なにかの錆びたような匂いがします。
「王さま、暗くてなんにも見えないわ」
「じきに眼がなれるよ」
 王さまがそう言いおわらないうちに、すでに女の子の眼は暗がりになじんでいました。そもそも、入り口の扉はちゃんと南側に作ってあるので、扉を開けば武器庫のなかは意外と明るくなるのです。屋外ほどではありませんけれど。
 
   *
 
「きゃあ、すごい!」
 女の子のうれしそうな声が武器庫のすみずみにまでこだましました。
「こんなにこんなにいっぱいあるのね!」
 王さま、大得意です。
「そうだよ、こんなにこんなにあれば、怖いものなんかないだろう」
「すごいわ、すごいわ」
 女の子は興奮しています。王さまは女の子の肩に手を置いて、彼女を落ち着かせようとしました。
「まあまあ。ひとつずつ説明してあげるよ。あれが大砲。あっちのが剣と盾。あれは馬の鞍だ、合戦用の鞍は普段のより大きいのに軽くて丈夫なんだ」
「あっちの、あれはなに?」
「ああ、あれは爆弾だよ」
「爆弾。って、意外とかわいい形をしてたのね」
 女の子の美的センスは分かりませんが、とにかく、彼女はそう思ったのです。目がうっとりと爆弾に釘付けになっています。
「おうさま、おうさま」
 女の子はあまえた声で王さまに頼みました。
「こんなにたくさんあるんだから、一個ぐらいちょうだいよ、爆弾」
「ぎゃふっ!」
 王様が、ぎゃふっ、なんて猫みたいな声は出さないと思われるかもしれませんが、王さまは本当にそう言ったのです。
「ぎゃふっ!」
「ちょうだい、ちょうだい、ねえ、王さま、いいでしょう」
「ぐふ、めほっ、うう、ううーん」
 王さまは困ってしまいました。でもさっき美味しいお弁当を頂いてしまいましたし、このままこの子を手ぶらで帰らせるわけにもいかない気がしました。
「わかった、一個だけあげるよ」
「わあい、王さま大好き!」
 女の子は王さまに何度もキスをしました。ジャンプしてもほっぺには届かなかったので、王さまの手に、です。
「王さま、王さま、大事にするわ! 名前もあげてかわいがるの!」
「そうか、そうか」
 ちょっと悩んだけれど、やっぱりあげてよかったな、と王さまは思いました。それに王さまは思い出したのです。この爆弾を作った武器職人が言っていたのです、よくできた爆弾ほど、めったなことでは爆発しないものなのです、と。
 
 これが、あるここちよい晴れの日のことでした。
 
   *
 
 それから数日が過ぎました。王さまは午前の仕事が終わり、ティータイムです。玉座に座ったままで紅茶を飲んでいます。とそこへ、大臣があたふたとあらわれました。
「陛下! ご機嫌うるわしゅう!」
「わっ。なんだ大臣、仕事ならちゃんと済ませたぞ」
 王さまはこの大臣が苦手でした。誰にでも苦手なものはあるのです。この大臣はどうもキビキビしすぎていて、おおらかな王さまにはついていけないところがあったのです。
「仕事? ええ、お勤めご苦労様です陛下!」
「いまはお茶の時間だ、静かにしてくれ大臣」
「なりませぬ。急なお客様が参っております。会って頂かなくては困ります」
 ああまたか、と王さまは思いました。なになにして頂かなくては困る、というのがこの大臣の口ぐせで、このセリフは今日もう十六回目なのです。
「あーわかった、わかったから大臣、お客様をお通ししろ。それでお前は下がっておれ」
「はは!」
 大臣がささっと扉の向こうに去り、入れ違いに親子が入ってきました。
「お? そこのお嬢ちゃんは」
 見ると、先日の女の子です。妙におめかしをしていて、なんだか窮屈そうにモジモジしています。女の子の隣には、礼服を着た男性が立っています。誰でしょう、こちらは知らない人です。
「陛下、ご機嫌うるわしゅう」
 男性は王さまに向かって深々とあいさつしました。王さまもあいさつを返します。
「ああ、ようこそおいで下さいました。丁度いまお茶していたところなのです、ご一緒にいかがですか。よろしければ」
「いえけっこう」
「ああ、そう」
 なんだかハッキリものを言うしっかりした人だな、と王さまは思いました。大臣に似てるような気もします。王さまは、ふう、とひとつため息をつき、紅茶をひとすすりすると先日の女の子に話しかけました。
「このひとは、どなたなんだい」
「わたしの父さん」
「えええっ。なんで」
「爆弾のこと話したら、どうしても王さまに会いたいって言ってきかないの」
 うわあああ、と王さまの顔が青ざめました。きっと、娘を殺す気か、なんてえらい剣幕で怒るつもりなのです。王さまだって、怒られるのはいやなのです。
「あわわわわわ」
「陛下」
「ひゃああああああ」
「娘に爆弾をお与えになったそうですね」
「うあああうむぐああおんむむむむ」
「私にも頂きとう御座います」
「は? いいい、いま、なんて?」
「私にも、爆弾を、頂戴いたしたく存じます!」
「なななななな!」
 王さまが慌てふためきました。紅茶のポットが転がったのにも気づかなかったほどです。
「な、なんで爆弾なんか欲しいのだあなたは!」
「爆弾があれば家を守れます。また、出かけるとき爆弾を持っていれば、強盗にあったり、ケンカに巻き込まれたり、悪口を言われたりすることはありません。爆弾を持っていれば平和にのびのび暮らせます」
 ううむ、そういうものなのか? と王さまは疑問に思い、何かがおかしいぞ、とその疑問を考えようとしました。しかし紅茶は床にこぼれているし、親子はじっとこっちを凝視して微動だにしないし、まったく、冷静に考えをまとめられるような状態ではありません。父親はキリッとした表情で王さまに迫ります。
「このような子供にお与えになって、私のような大人には持たせられない、という道理はございますまい、陛下」
 いやそれはちがうぞ、と王さまは言おうとしたのですが、たしかにそう言われてみるとその通りだという気もしました。でもちょっぴりちがう気もするのです。もう王さまには何がなんだかわかりません。王さまはもうめんどくさくなりました。
「あいわかった! とらす! 爆弾をとらす!」
「ありがとうございます陛下!」
 王さまは部屋の片隅にいた兵士に命令を下しました。武器庫から爆弾を一個とってきて、この紳士にお渡しするように。この親子を城門までお送りするように。兵士は、ははっ、と威勢の良い返事をすると、親子を案内して部屋を去りました。王さまは、紅茶のカップをつまみあげゴクゴクと飲み干すと、ふー、と長いため息をつきました。
 
   *
 
 それから今度は数ヶ月がたちました。しかしこの数ヶ月のあいだに世界はとんでもないことになっていたのです。
 
 まず、街に、王さまがひとりに一個ずつ爆弾をくださるそうだぞ、といううわさが流れました。そしてそれが事実だったということがわかると、人々は城に押しよせました。だって考えてもみなさい、お隣さんは爆弾を持っているのに、うちには爆弾のひとつもありゃしない、なんて考えるだけで恐ろしいでしょう。怖いことでしょう。人々は、われさきにと王さまに爆弾をもらいに来たのです。
 しかし城には爆弾はたくさんありました。国民全員ぶんより、もっともっとたくさんの爆弾がお城にはあったのです。時間はかかりましたが、とくに問題もなく、ひとりにひとつずつの爆弾がゆき渡りました。王さまも大臣も、やれやれ、これで騒ぎは静まった、と安心しかけました。
 
 しかし、次に大騒ぎしたのは、この騒動を見ていた周辺の国々です。おい、あっちの国では国民全員に爆弾を持たせたそうだぞ。なんて勇敢で誇り高い国なんだ。なんて命知らずな国民なんだ。よし、こっちも爆弾を配らなければならないぞ。あっちの国に劣らない、高性能で安心安全強力な爆弾の携帯を広めるのだ。と。と。あっというまに、ひとり一爆弾時代がやってきてしまいました。でも、よくできた爆弾ほど、めったなことでは爆発しないものなのです。爆弾を恐れない人はいませんが、でもまさか自分の爆弾が暴発するなんて誰も思っていないのです。また、実際そんな事故も起こらなかったのです。
 
   *
 
 それからまた数ヶ月がたちました。王さまはお気に入りのパジャマに身をつつみ、さあベッドで眠ろうというところです。しかし廊下から、どどどど、という音がしたかと思うと急にバン、と寝室の戸が開け放たれました。王さまはびっくりしてベッドの上で飛びはねました。
「なななな、何事だ」
「大臣でございます! 陛下!」
「ね、眠いのだぞ。わかっておるのか」
「それどころではありません! 陛下!」
「もう、いったいどうしたというのだ」
 王さまはとても不機嫌です。でも眠かったので怒り方もおっとりぼんやりしています。大臣はちっとも眠くないみたいです。眼がギラギラと輝いています。
「陛下は爆弾をお持ちではないそうですね!」
「な、なんだと」
「先ほど衣装係から聞きました! 陛下は爆弾をお持ちでない!」
「い、いかんか?」
「いけません! いまどき爆弾も持っていないようでは国民に王たる示しがつきません!」
 それはちがうぞ大臣、と王さまは思ったのですが、どこがどうちがうのか言葉にできませんでした。眠ろうとしていたところに急にわめき立てられ、まだ頭がぼおっとしていたのです。大臣の声がギンギンひびきます。
「さあ、わが国さいこうの爆弾をお持ちしました! お召し頂かなくては困ります!」
「おい、寝るのだぞこれから」
「爆弾は、起きているときも寝ているときも常に身に着けておくものです!」
「そ、そうか」
 王さまはしぶしぶ、爆弾を体に巻きつけました。いやだなあ、こわいなあ、とは思ったのですが、それを大臣にうったえることが、どうしてもできなかったのです。その夜、王さまがどんな夢を見たのか私はしりません。
(c) Mitsuhiko WAKAHARA