有史より昔、まだ地上に怪物が溢れていた頃、ある村に剣技に優れた二人の若者がいた。畑や街道に怪物が出るたび、二人は剣を手に躍り出て、勇敢に戦い村を救った。二人は村人から勇者と呼ばれ、また自身でもそれに値すると自負していた。
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あるときこの村の長老が死去した。次期長老となった、長老の息子は二人の勇者に語った。
「二人に伝言があります。長老は最後に言い残しました。『勇者たち、協力しあってこの村を守れよ』と」
二人は悲しみを握り潰し、村の為に生きる決意を固めた。
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葬儀も済んでしばらくのこと、黒髪の勇者(青勇者)が栗毛の勇者(赤勇者)の家を訪ね、相談を持ちかけた。
「俺はこの村に道場を作るべきだと思う。みんなに剣を教えて、自警団を組織し、みんなで村を守るんだ」
この話に、赤勇者は反対した。
「みんなを危険にさらすのは良くない。みんなは安全に生活してもらうために、俺たちが勇者として腕を振るっているんじゃないか。俺たちがみんなを危険に引っぱり出してどうするんだ。それに、授業料を取るんだろう。練習には時間もかかる。みんな忙しいし貧乏なんだぞ」
「道場の稽古時間は交代制、自警団の活動時間は当番制にする。授業料を払えない人は村長が立て替えることで話はついてる」
「俺は反対だ。みんなを金や時間で縛りたくない。今まで通り、何かあったときは俺たちが打って出ればそれで良いじゃないか」
「俺たちだって不死身じゃないんだぞ。俺は先々のことを考えてるんだ」
「それは俺もだ。だが先のことを考えるなら、村人には各自の仕事をしてもらうべきだ。俺たちが勇者と呼ばれているのは村人のために戦ってきた結果だ。人に命を提出させる奴など誰が尊敬するものか」
「……お前は自分の立場が下がらないかと不安なのか?」
「何だって?」
「みんなで村を守るようになったら、勇者として特別扱いして貰えないんじゃないか、そう不安に思っているのか? だったら心配いらない、俺たちは道場師範としてみんなの前に立ち今まで通り先陣をきって……」
「おい! 俺を馬鹿にするな」
「馬鹿になんかしていない」
「いいや。お前は俺を信頼してなかったんだな。俺は見返りや虚栄心のために戦ったことはなかった、お前にはそれが見えなかったんだ」
「……お前、何を言ってるんだ?」
「大体お前はいつも人を使うことしか考えない。自分の身を捨て切れていない」
「そんなことは……」
「いつも俺が前衛に立たなければ、お前は先へ踏み込もうとしなかったじゃないか」
「それはお前に遠慮していただけだ。でしゃばりなお前に花を持たせてやろうと心づかいしてただけさ」
「なんだと。馬鹿にするのもいい加減にしろ」
「やる気か単細胞」
家の外では、大声を聞きつけて集まっていた村人たちが壁に耳を寄せ、息を殺して成り行きをうかがっていた。だが二人が剣に手をかけたと知るや、窓と玄関から家に飛び込み一斉に二人に抱きついた。二人は目を血走らせながらも、剣を収め、人々に醜態を恥じ頭を下げた。
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しかしもう二人は以前のように剣を並べて戦うことは出来なかった。青勇者は「俺は間違っていない。組織は必要だ」と言い残し村を去った。村に残った赤勇者は二人分の働きを難なくこなした。しかし口数は減り、気難しい表情を浮かべることが多くなった。彼に逆らえる者は村には誰もいない、そのせいか村人たちは彼を敬うと同時に強く畏れていた。赤勇者は村人を怖がらせまいとして、住居を村の山奥へと移した。
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青勇者はその後、都で国軍に入り天下一の剣技もって師団長まで登りつめた。天性の冷静さゆえかその指揮は常に的確で無駄なく、王臣から特に信頼され、部下たちの結束も高かった。青勇者は軍勢を率いて各地を転戦し、守護神と讃えられた。
赤勇者は出身の村で剣を振るいながら歳を重ねた。彼は有り余る時間をすべて己の修行にあて、医術・薬学なども勉学し、最後には刀鍛冶まで己でこなすに至った。噂を聞きつけ各地から武芸者が訪れたが、この剣聖は生涯、弟子も妻も持たなかった。
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守護神の言葉が残っている。
──勇者とは、他人のために戦ったすべての者だ。
剣聖の言葉も伝えられている。
──勇者とは、誰よりも戦える者のことだ。
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青勇者は幾多の武勲を残し、妻子に看取られ都の宮殿で息を引き取った。彼の死は国中の人々に悼まれ、生前の活躍は多くの石碑に刻まれた。しかしその大多数は現在、地中に没し誰の目にも触れることがない。
赤勇者は晩年、一冊の兵法書を記した。それは武道精神・教育・自然科学・哲学信条など幅広い内容を、冒険譚の形式で分かりやすく書いたものだった。その書はじわじわと国内に広まり、彼の死後、作者不詳のまま人気を博した。しかし現在その書は微かな記録に登場するのみで、現物も写本も発見されておらず、内容はおろか題名も不明である。